この街のどこかで

あなたが幸せでありますように


「ぶっとばしてやろうかと思った」

私は緩む頬を抑えきれずに、物騒な言葉を口にした。
本当に、回り道が好きな人だな。
なんでこんな“付き合ってるふたり”が出すおそらく“当たり前”の結論に紆余曲折してるんだろうか。

「このまま別れる、なんて言い出したらぶっとばしてやろうかと思ったよ」

くるりと向きを変えて祐真くんの顔を覗き込むと驚いた顔をしている。
その顔が見れて満足した私は、そのままその胸に飛び込んだ。
少しバランスを崩したけれど、ぎゅっと抱きしめてくれるその腕は優しくて力強い。
祐真くんの香りに安心感を覚えた。

「幸せなのは、祐真くんと笑ってるときだけじゃない。喧嘩してるときも、怒ってるときも、泣いてるときも、なんなら何にもしてない時間だって幸せなんだよ」

あなたと過ごす時間が幸せ。
だってそうでしょ?
生きてるって実感できる。

「泣いてる時間も、笑ってる時間も、怒ってる時間も、祐真くんのことを想ってる時間。それってとてつもなく幸せじゃない?どんな時間もふたりで“幸せ”にしていこうよ」

人と人とが時間を共にするのならば、ただ笑い合うだけではすまないことは明白で。
ぶつかりもするし、躊躇いもするし、やってられない!って思うことも一度や二度じゃすまないだろう。
たぶん、別れたいって思うことも出てくるだろうし、実際に別れるかもしれない。
だけどそんなネガティブなことさえも一緒に乗り越えたい。

そう思える相手に出会えていることがすでに幸運なこと。

「別に今すぐ同棲しようって話でも、結婚しようって話でもないのに。なーんでこんな別れ話に発展しちゃうの」

「面目ない」

「ほんと、面倒くさい人だよね。アーティストって……ていうか、祐真くんが、か。想像力豊かだよね。良くも悪くも。でも、まぁいっか。好きだし」

この腕に包まれて、どこかの誰かの幸せを願えるくらいには今の私は幸せだから。

「大丈夫、とりあえず今、幸せだから」








この街のどこかで・完

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