お前は、俺のもの。

鬼課長の手が、じんわりと熱くなる。

頭の中で走馬灯のように記憶が流れていく、鬼課長と接した日々。
鬼課長に抱きしめられた、この両腕。鬼課長と重ねた、この唇。鬼課長がくれた、甘くて優しい微笑み。

「好きです」
と、喉まで出かかった言葉が、黒い何かに遮られた。

いつかは一ノ瀬リビングの後継者になるだろう、御曹司としての立場。きっとまた千堂紗羅のような大企業のご令嬢が、鬼課長の前に現れるかもしれない。その人がステキな女性なら、結婚してしまうかもしれない。
そして先日目撃した、車中での鬼課長と川添穂香。社用車とはいえ、顔を近づけて話す二人に気持ちが沈んだことも事実だ。

「好きです」が、言えない。

私は鬼課長を見つめたまま、一度開いた口を閉じた。
「……」
何も言わない私に、鬼課長の瞳が悲しみの色を宿した感じで、目を伏せた。
たった数秒のことなのに、それが凄く長く思えた。

この空気に先に耐えられなくなったのは、鬼課長のほうだった。

「…悪い。洗い物、頼んでいいか。少し、出かけてくる」
と言うと、腕を離すと同時に立ち上がり、リビングを出ていった。そのすぐ後には、この部屋から彼の気配が消えた。

全身の力が抜け、立っていることが出来なくなった私は、その場でヘナヘナと座り込んだ。

鬼課長が、好き。
気がつけば、寝ても覚めても鬼課長を追いかけていた。抱きしめてくれる鬼課長も、キスをくれる鬼課長も、笑ってくれる鬼課長も。全部、全部、好きなのに。
「好き」が言えないなんて。

恋愛経験が乏しいなんて、ただの言い訳だ。

言え、私の本音。

「わた、私だって、私だって……喉から、手が出るほど……一ノ瀬課長が、欲しい!!」

バカだ、私。

涙が、止まらない。
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