お前は、俺のもの。

「綾乃ちゃん…」
今すぐ抱きつきたい衝動に駆られるが、思い出したのは、彼女は今日は出勤日だということだ。

『今、少し休憩でジュースを買いに自販機に来たんです。それより凪さん、一ノ瀬課長と何かあったんですか』
綾乃の口から突如出た、鬼課長の名前。
「ど、どうして一ノ瀬課長…」

『一ノ瀬課長のことなら心配いりませんよ。恭平さんと行きつけのジムで一緒らしいですから。恭平さんからの伝言です。「落ち着いたら、ちゃんと帰らせるから」と、言ってました。もしもし、凪さん?』
「恭平さん」は確か、加瀬部長の名前だ。もう名前で呼び合う仲になったのか、と二人の順調そうな交際に内心喜びながら「聞いてるよ」と答えた。

『凪さん。私が言うことじゃないと思いますが、一度二人で話し合った方がいいと思いますよ。本音で話し合うのって、凄く勇気がいるんですけど、やっぱり一番は素直になることだと思うんです』

本音と素直。
果たして、私があの鬼課長相手にそれらが備わっているのか。

可愛い後輩に心配かけたことを謝り「ありがとう」と伝えた。とは言ったものの、あの空気の中で話しかけることが出来るのだろうか。
聞いてみたいことはあるが、逆に自分のことを聞かれる可能性だってあるのだ。

「困ったな…」

丁度いい湯加減の中で、私は呟いた。

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