お前は、俺のもの。
吊り上がった彼の目は、本気だと察知する。
しかし逆に落ち着こうと、何度も肩で息をして大きく深呼吸をしている姿に、私は声をかける術が見つからなかった。
鬼と視線がぶつかり合う。運転で疲れているはずなのに、その目はギラギラと鋭い光を浴びて充血していた。
この怒りに満ちた顔を見たのは、あの時以来だ。
鬼は赤い瞳で、口元を緩めた。
「やっぱり俺、怖いよな?お前がいなかったら、今ここでこの車を潰している」
──私は一ノ瀬 梛が、怖い?
「お前は俺のもの、俺はお前のもの」と言われてきた彼を、私は怖いのだろうか。
──今まで溢れ流れるくらい、甘やかされて愛されてきたじゃないか。困ったときも、泣いたときも、悩んだときも、ずっと鬼課長がそばにいた。
怖がっている場合じゃない。
次は、自分の番だから。
私はハンドルを握る、彼の骨張った手に触れた。彼は私の言葉を受け入れてくれるだろうか。緊張の中で不安も生まれる。
「な、梛の気持ち…私も一緒に受け止めるからっ。梛の怒る気持ち、私が全部吸い取ってあげるよ」
「…凪?」
彼の目が「何言ってるの、お前?」と、言いたげだ。でも、ここで負けるわけにはいかない。
「だって梛は「私のもの」でしょっ?!私はあなたに守られるばかりじゃなくて、私だってあなたの何かの役に立ちたいっ」
逆三角形の目が大きく開いたかと思うと、逆に手を引っ張られて抱き寄せられた。両手を背中に回して苦しいくらい強く抱きしめる、鬼課長。その腕は、さらに力を込めてくる。
息もできないくらい、強く、強く。