お前は、俺のもの。
悔しそうな、河野くんの横顔。
昨日は二人のおかげて残業になってしまったが、実は私も少し後悔している。
──昨日の残業を鬼課長に見られてなかったら、河野くんはここまで咎められることはなかったかもしれない。
背後から耳元に聞こえた声。
「お前のせいじゃない。気にするな」
振り向くと、鬼課長の綺麗な顔がフッと悪戯っぽく笑った。
「俺の席、しばらくここな」
私の隣のデスクをポンポンと軽く叩く鬼課長。
「え?」
と、私も、そして向かいの綾乃も目を丸くした。
「カフェを引き継いだのもそうだけど、もう一件、マンションのリノベーションも担当することになった。どちらも引渡しが終わるまでの間、お前は俺の助手となる」
「ええ?じょ…助手?」
私は「無理無理」と全力で手を横に振る。
──こ、こんないろんな意味で怖い人と一緒に仕事なんて…。
周りの女性たちがあの鬼課長の微笑みが神聖なものと思っても、私には何かしら企みのあるブラックな薄ら笑いにしか見えない。
そんな思いに反して、鬼課長は「もう決まったことだ」と言って右手を差し出した。
「加瀬部長には了承済だ。よろしくな、満島凪」
と、鬼らしからぬ穏やかな笑みを浮かべてくる。
現実を受け入れられない私。
頭の中でベートーヴェンの「運命」が響き渡っていた。