お前は、俺のもの。
綾乃は何か知ってそうな斉木課長へ質問を始めた。
「一ノ瀬課長は、あの婚約者を認めていないんですか?」
「まあ、本当に前触れもなく現れたらしいからね。一ノ瀬くんも動揺したと思うよ」
「一ノ瀬課長は社長であるお父さんに反対しなかったんですか?」
「彼に二人の兄がいることは知ってる?その兄たちも会社のために突然現れた女性と政略結婚していてね。しかし、これが幸運なことにどちらの夫婦も子供に恵まれて、幸せに暮らしてるらしい。だから社長も「自分の選んだ婚約者なら間違いはない」と思っているかもしれないね。一ノ瀬くん自身もそれを知っているから、自分だけ自由な選択をしたいと言えなかったのかな」
斉木課長は少し眉を下げて笑う。
──自分の選んだ女性と、一緒にいられない。
きっと、その対象は川添穂香だったのだろう。
私から見たら何もかも上手くいっている鬼課長に見えたけど、本当の彼は心のどこかで苦しんでいるのかもしれない、と思った。