結婚するには乗り越えなくてはいけない壁があるようです
トラブル
仕事に行きたくない。
無断欠勤なんて出来ないけど、行きたくない。
日沖さんに会いたくない。
尚さんに情けない自分を知られたくない。
職場が怖い。
自分に非はないと思った時の気持ちの強さは一体何だったのだろうと思うほど、気持ちが弱っている。
色々考えて、眠れなかった。
「もう行くの?」
いつもより2時間も早い時間に身支度を整えている私をみて、母が驚きの声を上げた。
「やらなきゃいけないことがあるの」
本音は更衣室でさえ、顔を合わせたくない人がいる、だけど、そこは心配かけたくなかったから誤魔化させてもらった。
でも、同じ職場で働く関谷さんは、さすがに誤魔化せない。
「やけに張り切って仕事してるけど、小さなミスが目立つわね。何か気になることでもあるの?」
「すみません」
無我夢中で働けば、その時だけでも余計なことを考えずに済むと思っていたのに、日沖さんがどういう行動に出るのか気になって、仕事に集中出来なかった。
大きなミスが起きてからでは遅い。
昼過ぎの手が空いた時間に技師長を含む3人の先輩方に日沖さんとのやり取りを伝え、当分の間、検査室内にこもっていられる業務に替えてもらえるよう交渉した。
「まぁ、たしかに検査室にいるだけなら人目は気にならないだろうけど、松島さんは悪くないんだから気にしなくていいんじゃないの?ねぇ?」
関谷さんが技師長に話を振った。
「そうだな。だが、人間関係となると難しい問題だな」
技師長の言葉を香山さんが受け継ぐ。
「今回の場合、違う職種の領域に手を出すな、っていう日沖さんの考えも間違っていないだけに、誰の味方につくか、誰を敵視するか、仲間内で固まりそうな気がするわ」
「そうなると仕事がやりにくくなるんだよな」
円滑に仕事を進めるには、異職種間での関係性がかなり大事だ。
そこを壊したとなると、技師長の言う通り、仕事に支障が出てしまう。
尚さんが仕事に影響が出ないように恋愛をしない、と公言していたのと同じ話で、分かっているつもりだったのに、結果的に私が関係性を悪くしてしまったなんて。
「もう、やだ」
このことを尚さんに知られてしまうと思うだけで、胸が苦しくなる。
まして検査室の先輩方にまで迷惑をかけてしまうのだから。
「申し訳ありませんでした」
私が正論なんて言わず、日沖さんに謝罪さえしていればこんな問題にならなかった。
「松島さん」
謝るしかなくて、頭を下げた私の肩を関谷さんがポンと叩いた。
「間違ったことはしていないんだから、堂々としていればいいのよ。松島さんが優秀なことはみんな知っているし、患者さんのためを想う気持ちも理解してくれている。まぁ、はじめは日沖さんに同情してギスギスするかもしれないけど、みんな、すぐに元に戻るわよ」
「そうね。だから落ち着くまで検査室の仕事してればいいわ。でも、その分、頑張ってちょうだいよ」
香山さんに反対の肩を叩かれた。
「ありがとうございます」
わがままを許してくれた先輩方の激励と好意に応えるためにも、検査室での業務を完璧にこなさなければと、気持ちを切り替える。
そんな矢先。
「ん?」
検査値を確認している中でひとりの患者データが目についた。