結婚するには乗り越えなくてはいけない壁があるようです
「お疲れさまです」
朝から色々なことがあったけど、無事に一日の仕事を終えられた。
「お疲れさま」
遅番の香山さんと関谷さんに見送られて検査室を出る。
「杏」
聞き覚えのある声に振り向くと、白衣姿の尚さんがこちらに向かって歩いて来た。
「ちょうどよかった。昨日、帰れなかったこと謝ろうと思っていたんだ」
「気にしなくて大丈夫です」
状況は伊東先生の話で分かったし、日沖さんとのいざこざも解決して、気分がよかった。
だから私の方こそ謝らなければならない。
「感情的になってしまってごめんなさい」
「いや。杏が怒るのも無理ないよ。だから話をしたいんだが」
「いつでもいいです」
気にならないと言ったら嘘になるけど、尚さんが忙しいのは、当直やら医師会やらの都合が入っていることは同じ職場だから分かる。
おそらく寝ていないことも。
「少しでも休んでください」
反対に同じ職場だからこそ、知られたくない部分を知られてしまうのだけど、そこは仕方ないと割り切るしかないし、嫌なら別の職場で働くまでだ。
詳しいことはなにひとつ分からないけど、尚さんは今の職場を離れる気持ちでいるようだし。
そうなった場合、私はどうしたら良いのだろうか。
先輩方のこと、日沖さんや古河さんといったスタッフの方々との関係、これからの生活のこと。
少しひとりで考える時間が必要な気がしていた。
だから、落ち着いて、話せるタイミングが来たら連絡が欲しいという旨を伝えて、その場から離れた。
連絡をもらったのは、それから1週間が経った11月末日。
でも、それより前に私の前に現れたのは伊東先生だった。