結婚するには乗り越えなくてはいけない壁があるようです

それから三ヶ月後の大安吉日。

私と尚さんは結婚式場にいた。


「生涯、愛することを誓いますか」

「はい」


はっきりとした声がチャペルに響く。


「では誓いのキスを」


新婦のベールが上げられ、ふたりはキスを交わした。



「素敵。すっごく素敵でした」


チャペルから出て、披露宴会場に移動する間も結婚式の興奮は覚めない。


「特に最後の。誓いのキスの後の表情見ましたか?」

「いや」


呆れ顔の尚さんだけど、口元は笑ってる。


「見てたんでしょう?」

「見てないよ。俺は杏しか見てないし、杏が楽しそうにしているのがおかしくて仕方ない」


あんな素敵なシーンを見ないなんて信じられない。



「はにかんで笑ってたんですよ。ほら、伊東先生はわかりますよ。なんかはにかみそうだから。でも、あの古河さんが照れたようにはにかんで。美人だから余計に可愛かったーって、わぁ」


完全に古河さんに萌えてしまった私は夢心地で、慣れないヒールもあって蹴躓いてしまった。


「杏。ダメだろ。ちゃんと前見ないと」

「すみません」


謝ると、手が繋がれた。

伊東先生と古河さんの結婚式とあって、病院のスタッフも何人か呼ばれている。

夫婦になったとはいえ、公然と手を繋ぐのもどうかと思うのだけど、尚さんは離す気がなさそうだ。


「仲が良くていいわね」


案の定、日沖さんに言われてしまった。


「いいだろう?」


笑顔の尚さんが日沖さんに言った。


「別に。古河さんも松島さんも、なんで医者なんか選ぶんだろう、って思ってますー」


日沖さんはその後、戸澤先生と別れて、仕事に没頭している。

元々不倫関係だったから良かったのだけど、戸澤先生は色々なものを同時に失い、今だに傷心中。

そのせいで仕事の負荷が尚さんにのし掛かってしまい、私たちは結婚式をまだ挙げれていない。


「でも、あのふたり。良かったわよね」


日沖さんは披露宴会場の高砂を見てから尚さんを見上げて言った。



「伊東先生。誰かさんを見習ってご両親を必死に説得したんですって」

「詳しいな。誰から聞いたんだろうな?」


尚さんが私の方を向いたので慌てて手を振る。


「私じゃありませんよ」


たしかにその後、古河さんと日沖さんとは懇意にさせてもらっている。

でも自分のことはあまり話さない。

まして、尚さんの家庭のことなんて。


「じゃあ、古河さんか。口が軽いな」

「彼女もそれなりに傷心中だったんですよ」


日沖さんは仕事に集中していない古河さんに注意した。

いつもなら悔しくて頑張る古河さんだったけど、そこは長く好きだった人に振られた翌日。

古河さんが泣き出したことで、日沖さんが話を聞くようになり、いつしかふたりに絆が出来た。


「失恋して、親友を得て、結婚相手まで得られたんだ。良かったじゃないか」


尚さんの総評に日沖さんは眉根を寄せて微笑んだ。


「一度ダメになったふたりが、互いの傷を互いで塞ぎ合って、両親説得のために既成事実を作る。果たしてそんな始まりの結婚生活が上手くいくのか。乞うご期待ね」


意味深に笑う日沖さんを意地悪だな、と内心思いながらも、古河さんと伊東先生ならきっと幸せになれると日沖さんも私も思っている。

挙式のキスシーンのはにかむ笑顔はまさに本物だったし、ふたりの表情は最後までとても幸せそうだったから。


「式、挙げたいなー」


マンションに帰ってからも結婚式の余韻に浸っている私は、引き出物を開けながら呟いた。


「そうだな。親も楽しみにしているし、俺も杏の花嫁姿見たいからな」


尚さんの花婿姿か。

背が高くて細身だから、タキシードが似合うだろう。

端正な顔立ちには羽織袴も似合う。


「悩みますね」

「そうだな。ドレスもいいし、白無垢もいいよな」


同じことを考えていたようだ。


「ふふ」


可笑しくて笑うと尚さんが不思議そうな顔をした。


「なんだ?」

「相思相愛だな、って思っただけです」


そう答えると、尚さんは困ったように眉根を寄せて微笑み、首を傾げた。

でも、「当たり前のことだな」と言って、そばに来て、ギュッと私を抱き締めた。


「杏が俺を好きでいる限り、俺は杏を好きだし、杏は俺のことが好きだから、永遠に相思相愛だ」


無限ループみたいな話に頭が混乱するけど、要はお互いのことが大好きだということだ。


「尚さん」

「ん?」

「大好き」




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