結婚するには乗り越えなくてはいけない壁があるようです
「あなたは看護師さんなの?薬剤師さん?それとも女医さん?」
お義母さんが少しだけ私に興味を示してくれた。
だから違う、と言いにくいのだけれど、答えない訳にはいかない。
「私の職業は臨床検査技師です」
「え?あぁ、レントゲン撮る人」
それも違う。
レントゲンを撮るのは放射線技師で、臨床検査技師は血糖値や肝機能の値を測定したり、心電図や超音波検査、脳波など、医療機関で必要な検査を行うスタッフのことだ。
「病院に縁のない人には聞き馴染みのない職種ですよね」
尚さんのお義父さんは銀行の元頭取で、お義母さんは専業主婦。
たとえ病院に掛かっていたとしても、ぱっと見、よく分からないし、看護師と間違われることは往々にしてある。
だから、わざわざ間違いを訂正することはしないで、独り言のように呟くに留めた。
「でも、同じ職場ってやりにくくないの?」
「大丈夫だよ」
尚さんの言う通り、私たちの仲は付き合いたてからオープンなこともあって、院長含め、周りが温かく見守っていてくれているから、やりにくさはほとんどない。
別れることになったら…という不安は結婚が決まったことで払拭されたし、尚さんのことを好きだった方からの悪口や陰口、からかわれることにもだいぶ慣れて来た。
そもそも医師と検査技師は仕事中関わることが少ない。
夫婦で同じ職場にいようとも、やりにくさはない、というのが私たちの見解だ。
「他に質問は?」
尚さんの低く冷たい声はこれ以上話すことはないと言わんばかりだ。
私が迎え入れられていないことを気にしているのか、なにか余計なことを話されたら困るのか。
早々に話を切り上げる理由に思い当たる節も検討も付かないけど、誰もなにも言わないので、尚さんは静かに腰を上げた。
それを見てお義母さんが慌てて立ち上がる。
「お昼、一緒に食べて行って。急いで作るから」
時刻は午前11時。
緊張と居心地の悪さでお腹は空いていないけど、ここにきての好意は無に出来ない、と尚さんを見上げる。
でも、尚さんは私の手を取り、立ち上がらせるとお義母さんに向かって首を横に振った。
「当直変わってくれって頼まれて、病院に行かないといけないんだ」
程の良い断り文句に聞こえたのは私だけではない。
「そうか。当直なのか」
お義父さんは抑揚のない声で答えた。