結婚するには乗り越えなくてはいけない壁があるようです


「戻りました」


悶々とする気持ちを払拭するように、トーンを上げた大きめの声で検査室の扉を開けた。

室内には白髪が増えた恰幅の良い中田浩二(なかたこうじ)技師長と、生涯独身を貫いている40代美魔女の香山渚(こうやまなぎさ)さんがいる。

当院の検査技師は休みの日にパートの女性が来てくれる以外は基本この4人で業務を行っている。

内科、外科、脳外科の外来、病棟を持つ当院では、職員の休憩時間であっても急ぎの検査依頼は普通に出るのだ。


「急ぎの検査があれば引き継ぎます」


業務内容は先に説明した血液検査の測定や分析、心電図や超音波検査などの他に、細菌検査、尿検査、骨髄検査など。

大学病院や市立病院ほどの規模なら技師の人数は多く、各分野を専門的に任されるが、当院のような中小規模の病院の検査技師は広く検査に携わらなければならず、引き継ぎの内容も多岐に渡る。


「病棟からの血液検査の至急が2人分と、外来から心電図検査の依頼が来てる。あとこの血液」


中田技師長が手に持って来たのはA型の血液製剤だ。

輸血が必要になると、検査室には血液型の確認と、輸血用の血液が本人の体の中で拒絶反応を示さないか調べるクロスマッチという検査の依頼が来る。


「吐血した患者用で、クロスマッチもオーケーなんだが、患者が『自分はA型じゃない』って言い張っているらしいんだ」

「あら。それは大変ね」


声に振り返ると、関谷さんが扉の前に立っていた。


「こういう方、初めてじゃないんですか?」


確認するようにして聞くと、関谷さんは技師長と香山さんを見てから、肩をすくめた。


「一度しか経験ないけど。ただ、松島さんには荷が重いから。私が行きます」


関谷さんが技師長の手にある血液製剤に手を伸ばした。

でも、技師長は私の手に血液製剤を乗せた。


「何事も経験。『採血して、患者本人の目の前で検査を行ってくれ』って、担当医からの指示だ。検査室でやっていることをやればいいだけだから。出来るよな?」


そこまで言われて「出来ません」とは言えない。

大丈夫。

公私混同はしない。


「出来ます。行かせてください」


力強く答えれば、関谷さんも納得してくれた。


「他の業務は私が引き継いでやっておくから。ゆっくり行っておいで」

「はい」


気を引き締め、冷蔵庫から試薬を、棚から必要な器具をそれぞれシルバーのバットに乗せ、ナースステーションへと向かう。

そこでアルコール綿と採血管、注射針をもらい、いざ、患者さんの元へーー。

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