志鎌くんは笑わない。
こんな顔を彼女に見せたら一体なんて言うんだろうか。
見せたこともないこの表情に驚くのか、それまた笑顔を見せてくれるのか。
最期くらい、彼女の我儘に付き合えば良かっただろうか。
でも笑顔を見せたら、絶対に君はもっと幸せそうに笑うから……それを見られなくなるのを知っているから笑えなかったんだ。
無表情で生きていれば彼女がいなくなった時に、仕事が無事達成出来たと満足感で満たされるそう思っていた。
『感情をむき出しにしてはいけないよ。最期には全て嘘のように消えてしまうからね』
そう、全て残らずに消えてしまうんだ。
「……っ」
俺が好きな彼女の手作りクッキーが微かに音を立てる。
美月は知っていた、俺のことを。
でも、こんなに俺がお前のことを想っていたことを知らないくせに。
きっと約束以外のことは困らせてはいけないと、ブレーキを踏み続けてくれたんだろう?
最期に訪れるお別れをしたくないから。
だから最期くらいは一番手の温もりが感じられるように、こうやって手渡してきたんだろう?
彼女が分からないことを俺は知っている、ちゃんと分かっていた。