志鎌くんは笑わない。



こんな顔を彼女に見せたら一体なんて言うんだろうか。


見せたこともないこの表情に驚くのか、それまた笑顔を見せてくれるのか。


最期くらい、彼女の我儘に付き合えば良かっただろうか。


でも笑顔を見せたら、絶対に君はもっと幸せそうに笑うから……それを見られなくなるのを知っているから笑えなかったんだ。


無表情で生きていれば彼女がいなくなった時に、仕事が無事達成出来たと満足感で満たされるそう思っていた。


『感情をむき出しにしてはいけないよ。最期には全て嘘のように消えてしまうからね』



そう、全て残らずに消えてしまうんだ。



「……っ」



俺が好きな彼女の手作りクッキーが微かに音を立てる。


美月は知っていた、俺のことを。


でも、こんなに俺がお前のことを想っていたことを知らないくせに。


きっと約束以外のことは困らせてはいけないと、ブレーキを踏み続けてくれたんだろう?


最期に訪れるお別れをしたくないから。


だから最期くらいは一番手の温もりが感じられるように、こうやって手渡してきたんだろう?


彼女が分からないことを俺は知っている、ちゃんと分かっていた。






< 14 / 16 >

この作品をシェア

pagetop