Sync.〜会社の同期に愛されすぎています〜

二人きりになると、すぐに俺は大きく頭を下げた。

「本当にごめん。」

「ちょっと・・・頭上げて・・・」
翠ちゃんは、怒っている様子はなく俺が頭を下げるという動作に申し訳なさそうにしていた。


「私こそごめんね・・・実はあの時、初めてでどうしたらいいかわからなかったのと。すごく緊張しちゃって・・・
でも、文樹くん連絡くれないし、避けるから・・・もう完全に嫌われたと思って・・・・」

なんということだろう。俺は翠ちゃんが百戦錬磨の経験豊富な女の子とだと思っていて、俺が下手だから「やめて」という意味の痛いだと解釈していた。

「そうだったんだ。俺はてっきり・・・・」

すると乱暴にドアを開けた音が聞こえた瞬間に、鬼の形相で和子さんが突撃してきた。

「やっぱりそういうことね・・・怪しいと思った。で、この会社は元彼とはいえ人の旦那をたぶらかすような女がいるってこと。ああ、せっかくここで契約しようと思ってたのに・・・・それにお腹の子の胎教に悪い」

和子さんとの口喧嘩に一度も買ったことはない俺はここで和子さんをかばえば尻に敷かれている夫みたいでダサいし
翠ちゃんをかばえばまた好意があるみたいで夫婦関係は悪化するしと頭の中で考えていると翠ちゃんが言葉を発した。

「奥様、少しお時間いただけませんか?」
翠ちゃんは、和子さんにひるむことなくまっすぐな目で言った。

「あんたいい度胸してるわね」

そういって二人は応接室に入っていった。

先ほど、翠ちゃんの隣にいた男性が心配そうにのぞいている。俺は、頭を下げて謝る。
彼の社員証には「瀬戸口泰生」と書かれており、背が高く目鼻立ちの整った若手俳優としてテレビに出ていてもおかしくない風貌だった。翠ちゃんと歩いていて絵になっていたし、俺みたいな男でなくこういう男と付き合うべきなのだと思う。

「今泉と過去にお付き合いされていたんですね。」
彼は、俺を近くのソファーに誘導しコーヒーを置いた。

「ええ」そういって俺は、頂いたコーヒーをすすり一呼吸する。

「実は今、彼女は僕と付き合ってます。」

ああ予想通りの展開。このハイスペックさに敗北感を感じる。
この子は、こんな俺みたいな男とではなく初めからこういう男とだけ付き合うべきだったんだ。

「って思っているのは俺だけなんですよ。それで山村さんへの接し方と俺の扱いが全然違って、なんかムカついたので思わず話しかけちゃいました。あ、すみません大切なお客様なのにこんな言い方して。」

笑顔でズバズバと皮肉を言う彼に腹がたつはずなのに、逆に好感が持てる自分がいる。

「いいんですよ。確かに彼女とは付き合っていました。大学でモテモテの彼女と、俺みたいな平凡な糞真面目なメガネはいつも釣り合わないって思っていたし、恥ずかしながら彼女のことを抱けなかったんです。童貞のくせに変にカッコつけちゃって。」
初対面なのにこんなこと話して何いってんだろう。

「そう、そのおかげで今日この日まで彼女は未経験のままなんです。もう山村さんには感謝しかないっす。
俺高校の時からず~~~と片思いしてたんですけど、ずっと声もかけられなくて、山村さんと付き合い始めた時は毎日イライラしてました。いつ別れんだろうって。やっと付き合えると思ったけれど、ずっと何かを引きずっているんですよね。それは山村さんのことかもしれないし、そうじゃないかもしれない。」

今日この日までといった彼の言葉だけが、頭の中で大きく強調された。
あの星を見にいった日からどれだけの時間が流れたことか。その間俺は違う人と出会って結婚して子供も生まれると言うのに、翠ちゃんはあの日から誰にも抱かれることなく止まったままなのだ。
苦しんで、嫌な思いをしたかもしれない。
しかし自分が、してしまった重大な過ちを感じつつも、「よかった」と思う自分がいる。
俺は、忘れようと必死で忘れつつあったのに、翠ちゃんは忘れようとしても上書きをしなかったから。


まだ翠ちゃんの心の中に俺がいた気がして嬉しくなる。
そんなことを考えていると応接室から和子さんの大きな笑い声が聞こえてくる。

その状況に、思わず瀬戸口さんと顔を見合わすと、笑いすぎて涙を出している和子さんが応接室から出てきた。
そして、俺の顔を見るたびまた笑う。

「いや~~久しぶりにこんなに笑ったわ。ねえもうここで契約しましょう。早く色々進めないと産まれちゃうし、私今泉さんのこと気に入っちゃった。」

と先ほどの鬼の形相とは打って変わって久しぶりに見た和子さんの笑顔がキラキラして見えた。

俺はもう一度翠ちゃんに謝罪をした。
先ほどの営業マンがニコニコしてやってきて後日のアポを取りオフィスを後にした。
二人の間でどんな会話をしたかわからないし、聞いてもいいのかもわからない。
でも、いつも暗い顔をしていた和子さんが楽しそうにしているから俺は安堵した。
そして、ずっとあの日のことを忘れられずにいて、傷つけてきたことを後悔していたけれど翠ちゃんは怒っていなかった。そして、新しい恋をしていた。悔しいような、切ないような、嬉しいような感情が入り混じるけれどこれが「恋」の終わり方なのかもしれない。
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