Sync.〜会社の同期に愛されすぎています〜
数日後、泰生はスーツを着て髪をしっかりと爽やか系にセットして私の家の前に現れた。
普段はオフィスカジュアルで私服に近いため、ビジネススーツ姿はとても新鮮だった。
その日は、父は朝からそわそわしており、母はウキウキしながら料理を作っていた。
爽やかな笑みと、いつもの落ち着きのある話し方で母は終始ハイテンションで質問攻めをしているが、父は泰生と対面してから無表情。
杉原さんは一体どんなトークをしてあの父と打ち解けたのだろう。
この父と二人きりでゴルフに行けるぐらいなのだから、トーク力が素晴らしくさすがやり手営業マンだと感心してしまう。
一方、泰生も温かい空気感で話を続けるし、第一印象も過去の野暮ったい泰生とは違って爽やか好青年で文句のつけようもないのに。父は腕を組んで無言のままだった。
その父の顔色を伺っていると、泰生が語る私への片思いトークが一切入ってこない。
(この空気きまずすぎる・・・帰りたい・・・あ・・・ここ家か・・・)
私は俯き手をぎゅっと握っていると、父はメガネを外してハンカチを目に当てた。
「必ず幸せにします。翠さんを僕に下さい。」
その言葉とともに、父の涙腺が崩壊した。
母は、「あらあら」と言いながら父の背中をさすった。
「泰生くん・・・翠を頼んだよ」
二人は握手を交わした。
これから祝杯だと、スーパーまでお使いを頼まれた私たちはそっと手を握った。
「お父さん怒ってるかと思った。」
「俺も・・・でもよかった。」
「うん。」
「翠、ちょっといい?」
泰生は私の腕を掴んでバス停に向かった。15分刻みで出発する時刻表は高校生の頃と変わらない。
一本遅れると少し待たなければならないし、友達と待ち合わせているために遅れるわけには行かないため必ず早めにバス停につくようにしていたっけ。
しばらくすると到着したバスに泰生は乗り込んだ。
「え、スーパー歩いてすぐだよ」
「いいから」
一番後ろの席が空いているのを見つけると泰生は窓際の席に座り私を横に座るよう促した。
「この席からずっと、翠が乗ってくるの確認してた」
私は、泰生と同じ目線でバスの乗り口を見た。
バスは動き出し、嫌という程に見飽きた景色が流れていく。
「なんか、恥ずかしい」
「あの頃からずっと変わらず大好きだよ。」
私の左手を優しく掴んで、左手の薬指に指輪をはめた。
夕暮れに差し込む光でダイヤの輝きが一層強くなる。
「俺と、結婚して下さい。」
「はい」
車内は各々音楽を聴いたり、本を読んだりスマホゲームに夢中になっている。このありふれた日常の一コマで、密室の車内の一番後ろの席で密かにプロポーズが行われているなんて誰が想像するだろうか。
毎日のように通学で乗ったバスの中で、出会った彼と同じ職場で仕事をして、このバスでプロポーズをされるだなんてあの日の私は想像がつかなかった。