Bloody wolf

カラカラと回りだす歯車

「はい、今日で辞めさせてください」

私がそう言って頭を下げるのは、道場の師範代。

幼稚園の頃から10年間お世話になっていた空手道場を、私は今日辞める。


(ひびき)ちゃん、後悔はしないかい?」

眉を下げて残念そうに私を見る師範代。

「はい」

意志は固い。


「君なら、四年後のオリンピックで正式種目になった空手で、選手として活躍できる可能性だってあるんだよ?」

「師範。買い被りすぎですよ。私なんてまだまだです」

「いや、君の実力は素晴らしい。それをここで辞めてしまうなんて勿体なすぎるよ。各大会で君は素晴らしい成績を残してるじゃないか」

稽古の時には厳しい激を飛ばす師範代が、優しく諭すように語りかけてくる。

「ごめんなさい。引っ越し先から通うのは無理なんです」

「響ちゃん・・・・意志は固いんだね?」

「はい」

しっかりと師範代の目を見て頷いた。

「・・・分かったよ。いつでも戻ってきて良いんだからね」

ポンと肩に乗った師範代の大きな手は温かい。


「はい、長い間お世話になりました」

腰を折って深々とお辞儀した。


「困ったことがあればいつでも相談に来なさい」

眉根を下げる彼は、うちの事情をよく知っている。

だから、いつだって私のことを心配してくれていた。


「はい。失礼します」

師範代に背中を向けて歩き出す。

目尻に浮かんできた涙を飲み込むよう深呼吸した。

背中に彼の心配そうな視線が刺さっている。

だけど、私はもう空手を続けていく気持ちには慣れなかった。

だから、引っ越しを期に辞める事を決めた。


ううん、空手だけじゃない。

今の私は生きること事態に、何かを見いだせずにいたんだ。





通いなれた道場を振り返る。

この場所には思い出が詰まってる。

だけど、後悔はしないだろう。


道場の門に向かって深々と一礼してから、歩き出す。


さぁ、今日はもう一仕事しなくちゃね。

道をしっかりと踏み締めながら家路についた。






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