幸せの足りないクリスマス アイムノットドリーミングオブアホワイトクリスマス
「……それじゃ、仕方ないよね」
 田宮みなとはため息交じりに応えた。
 電話の向こうはセントポールにいる夫の正和だ。プロカメラマンの彼は十日前に渡米して撮影旅行をしていたのだが、いざ帰る段になって飛行機が飛ばなくなってしまったらしい。
「ブリザードが収まれば飛行機も動くと思う」
「うん」
「乗り継ぎの都合もあるけど、最悪、年内には戻るよ」
「わかった、気をつけてね」
 正和がしきりに恐縮しているのを聞き流しみなとは電話を切った。
 待ち受け画面に映る正和の顔写真にぽつりと一言。
「嘘つき」
 クリスマスまでには帰るから。
 正和が出立前にそう約束したのだ。
 なのにあっけなく反故にされた。
 みなとはまたため息をつき、リビングのソファーに腰掛ける。
 行かせるんじゃなかった……。
 心の底から後悔する。
 だが、もう遅い。
 正和は遠い異国の地で足止めだ。飛行機が飛ばなければどうしようもない。いくら懇願しようとも。泣き喚こうとも、決まってしまった運命は変えられないのだ。
 みなとは目をつむる。
 去年のクリスマスを思い出した。
 自分たちの喫茶店「クレア」でバイトの子とともに過ごした楽しい一日。いつもはほとんど厨房に立たない正和が不器用ながらも調理補助する姿。みんなで飲む温かなミルクティー。完食できなかった特製ウルトラスーパーハイパーグレートクリスマスケーキ。正和がこっそり用意していた銀の髪留め。二人きりになってリビングで交わした会話。
 これまでのこと、これからのこと……。
 今年はそんな時間は望めない。
 大きく息を漏らす。
 目を開け、立ち上がった。飾り戸棚へと歩み寄り、一番上の段に置かれた写真を手にする。
 喫茶店を開くとき、正和と一緒に撮った思い出の一枚。
 正和の隣でみなとは微笑んでいた。彼が可愛いと言ってくれた笑顔。長い黒髪を後ろでまとめたくさんの小さな赤いリボンをつけている。水色のシャツに紺色のスカート。それにモスグリーンのエプロン。正和は白いワイシャツに青と緑のストライプのネクタイ、明るいグレーのスーツ姿だ。
 あのときの幸福が小さくしぼんだみたいで、みなとは首を振った。今、誰かに幸せかと問われたらうまく答えられそうにない。
 みなとは独りごちた。
「今の私は幸せなの?」
 
 
 
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