幸せの足りないクリスマス アイムノットドリーミングオブアホワイトクリスマス
「クリスマスに着ぐるみなんてどうですか?」
バイトの四季くんがそう提案したのはクリスマスの三日前のことだった。
白いシャツの上に赤と白のチェック柄のセーターを着た彼は女優のように美しい顔をしている。薄青のジーンズをはいていたがスカートに履き替えさせたいくらいだ。
風間四季なんて名前も女の子と間違えられても文句は言えない。
「四季くん」ではなく「四季ちゃん」と呼びたくなるときがこれまでに何度あったことか。
「友だちに演劇部の奴がいるんで、そいつに頼めば来てくれると思うんですよ」
「でも、、急すぎない?」
「大丈夫です」
四季が微笑む。
みなとは見とれてしまった。高校二年生の四季に対して十六歳も年上の自分がこんな反応をするのは、彼が美少年すぎるからだ。
「……みなとさん?」
「あ、ごめんなさい。つい……」
見とれちゃって、はかろうじて飲み込む。
「じゃあ、俺そいつに連絡してみますね」
「本当にいいの?」
「俺に任せてください」
やけに自信ありげな態度にみなとは逆に不安を抱く。だが、特に反対する理由もなかった。それにせっかくお店のために動こうとしているのだ。彼の気持ちを無下にはできない。
正和ならどうしただろう。
みなとは少し考えた。
……彼ならこれを面白がるかも。
正和の細い目がさらに細くなるのが頭に浮かんだ。彼は笑うと目が線になる。色黒で角張った顔を緩ませてどんな着ぐるみがいいか四季にたずねるのだ。
もちろんクリスマスの着ぐるみといえば答えは限られてくる。それでも正和なら他の何かを導き出す可能性があった。
みなとにはトナカイしか出てこないが。
ちょっと聞いてみます、と四季がスマホ片手に厨房の勝手口をくぐって裏庭に行く。
時刻は午後二時十五分。
この時間帯は比較的ヒマだ。
ホール側にテスト休みと冬休み中の間だけ手伝ってくれる橘しおりがいた。
姓が橘だがしおりは正和の実の娘だ。四季と同じ風見大学附属高校の二年生。中学二年生の時に両親が離婚し、母親のちとせが親権を得たため母方の姓を名乗っていた。現在は川越でちとせと暮らしている。
しおりとは彼女が中学を卒業した翌日にこの店で会ったのが始めてだ。なぜか気に入られて今に至っていた。
みなとはしおりを見に厨房を離れる。
ホールには客はなく、しおりがカウンター席の真ん中に座ってヒマそうにしていた。店内に流れるカントリーミュージックに合わせて身体を揺らしている。座席はカウンター席の他に通りに面した形で窓側にテーブル席が五つあった。
「しおりちゃん、何かごめんね」
せっかく来てくれたのに時間を無駄にさせているみたいで、みなとは申し訳ない気分だった。
「気にしないでください」
茶色い厚手のシャツに黒いスカート、それにモスグリーンのエプロンといった姿がよく似合っている。美人ではないが家庭的な印象のある顔立ち。身体はややふっくらとしていた。セミロングの黒髪にみなとが以前プレゼントした黄色いリボンをつけている。
しおりがたずねた。
「たまに聞こえてくる歌がすごくいいんですけど、何て曲かわかります?」
「どんな歌?」
「えーとですね……」
しおりがハミングする。
曲のメロディを損なわないきれいな声だ。みなとはすぐにわかった。自動切り替えで設定していたアーティストの歌だ。アイルランドのシンガー。みなとの好きな歌手だった。
この店の名も、そのシンガーの曲名からつけていた。
「ユーアーユー……ね」
この歌は正和も好んでいた。
「……みなとさん?」
「あ、うん。何でもないの」
「もしかして、お父さんのこと?」
鋭い。
みなとはあえて笑む。自分の心をさらしたくないときに微笑するのが癖になっていた。しおりのことは娘のように思っていたが同時に自分のせいで両親を別れさせてしまったという負い目もある。自分がいなければしおりはまだ正和と暮らせていただろう。
「どうしようもない人ですよね、あの人」
しおりがわざとらしく肩をすくめた。
「よりによってこんな時期に撮影旅行だなんて」
「うん」
「いっそそのままアメリカに移住しちゃえ、て感じ」
「それは困るわ」
みなとも大げさに首を振る。
「まだお店を続けたいもの」
「……ですよね」
二人で笑った。
自動切り替えでカントリーミュージックがアイルランド人の歌になる。「ユーアーユー」ではないが、みなとのお気に入りの曲だ。
アイムノットドリーミングオブアホワイトクリスマス。
いわゆるクリスマスソングである。
「……これもいいですね」
しおりの言葉にみなとはうなずく。
「みなとさーん!」
厨房から呼ぶ四季の大声がクリスマスソングの醸し出すいい空気をぶち壊した。
「着ぐるみの件、午後なら来てくれるそうですよ」
バイトの四季くんがそう提案したのはクリスマスの三日前のことだった。
白いシャツの上に赤と白のチェック柄のセーターを着た彼は女優のように美しい顔をしている。薄青のジーンズをはいていたがスカートに履き替えさせたいくらいだ。
風間四季なんて名前も女の子と間違えられても文句は言えない。
「四季くん」ではなく「四季ちゃん」と呼びたくなるときがこれまでに何度あったことか。
「友だちに演劇部の奴がいるんで、そいつに頼めば来てくれると思うんですよ」
「でも、、急すぎない?」
「大丈夫です」
四季が微笑む。
みなとは見とれてしまった。高校二年生の四季に対して十六歳も年上の自分がこんな反応をするのは、彼が美少年すぎるからだ。
「……みなとさん?」
「あ、ごめんなさい。つい……」
見とれちゃって、はかろうじて飲み込む。
「じゃあ、俺そいつに連絡してみますね」
「本当にいいの?」
「俺に任せてください」
やけに自信ありげな態度にみなとは逆に不安を抱く。だが、特に反対する理由もなかった。それにせっかくお店のために動こうとしているのだ。彼の気持ちを無下にはできない。
正和ならどうしただろう。
みなとは少し考えた。
……彼ならこれを面白がるかも。
正和の細い目がさらに細くなるのが頭に浮かんだ。彼は笑うと目が線になる。色黒で角張った顔を緩ませてどんな着ぐるみがいいか四季にたずねるのだ。
もちろんクリスマスの着ぐるみといえば答えは限られてくる。それでも正和なら他の何かを導き出す可能性があった。
みなとにはトナカイしか出てこないが。
ちょっと聞いてみます、と四季がスマホ片手に厨房の勝手口をくぐって裏庭に行く。
時刻は午後二時十五分。
この時間帯は比較的ヒマだ。
ホール側にテスト休みと冬休み中の間だけ手伝ってくれる橘しおりがいた。
姓が橘だがしおりは正和の実の娘だ。四季と同じ風見大学附属高校の二年生。中学二年生の時に両親が離婚し、母親のちとせが親権を得たため母方の姓を名乗っていた。現在は川越でちとせと暮らしている。
しおりとは彼女が中学を卒業した翌日にこの店で会ったのが始めてだ。なぜか気に入られて今に至っていた。
みなとはしおりを見に厨房を離れる。
ホールには客はなく、しおりがカウンター席の真ん中に座ってヒマそうにしていた。店内に流れるカントリーミュージックに合わせて身体を揺らしている。座席はカウンター席の他に通りに面した形で窓側にテーブル席が五つあった。
「しおりちゃん、何かごめんね」
せっかく来てくれたのに時間を無駄にさせているみたいで、みなとは申し訳ない気分だった。
「気にしないでください」
茶色い厚手のシャツに黒いスカート、それにモスグリーンのエプロンといった姿がよく似合っている。美人ではないが家庭的な印象のある顔立ち。身体はややふっくらとしていた。セミロングの黒髪にみなとが以前プレゼントした黄色いリボンをつけている。
しおりがたずねた。
「たまに聞こえてくる歌がすごくいいんですけど、何て曲かわかります?」
「どんな歌?」
「えーとですね……」
しおりがハミングする。
曲のメロディを損なわないきれいな声だ。みなとはすぐにわかった。自動切り替えで設定していたアーティストの歌だ。アイルランドのシンガー。みなとの好きな歌手だった。
この店の名も、そのシンガーの曲名からつけていた。
「ユーアーユー……ね」
この歌は正和も好んでいた。
「……みなとさん?」
「あ、うん。何でもないの」
「もしかして、お父さんのこと?」
鋭い。
みなとはあえて笑む。自分の心をさらしたくないときに微笑するのが癖になっていた。しおりのことは娘のように思っていたが同時に自分のせいで両親を別れさせてしまったという負い目もある。自分がいなければしおりはまだ正和と暮らせていただろう。
「どうしようもない人ですよね、あの人」
しおりがわざとらしく肩をすくめた。
「よりによってこんな時期に撮影旅行だなんて」
「うん」
「いっそそのままアメリカに移住しちゃえ、て感じ」
「それは困るわ」
みなとも大げさに首を振る。
「まだお店を続けたいもの」
「……ですよね」
二人で笑った。
自動切り替えでカントリーミュージックがアイルランド人の歌になる。「ユーアーユー」ではないが、みなとのお気に入りの曲だ。
アイムノットドリーミングオブアホワイトクリスマス。
いわゆるクリスマスソングである。
「……これもいいですね」
しおりの言葉にみなとはうなずく。
「みなとさーん!」
厨房から呼ぶ四季の大声がクリスマスソングの醸し出すいい空気をぶち壊した。
「着ぐるみの件、午後なら来てくれるそうですよ」