幸せの足りないクリスマス アイムノットドリーミングオブアホワイトクリスマス
 着ぐるみのトナカイとミニスカサンタのおかげもあってか、お店は盛況だった。
 最後の客が帰ってから、ホールでみんなとささやかな食事をすることになった。音楽はかけっぱなしだ。昨年のようにみなとはミルクティーを作る。
 もちろん特製ウルトラスーパーハイパーグレートギガマックスメガマキシムクリスマスケーキも用意していた。
「じゃあ、俺たち着替えてきますね」
「えーっ、そのままでもいいじゃない」
「客もいないのにこんな格好でいられるか!」
「でも、あたしがいるでしょ」
 秋穂がしおりに同意を求めた。
「しおりちゃんもこのままがいいと思うよね?」
「えっ、私は……えーと」
「橘さんを巻き込むのはやめろ! みんながお前みたいなアホだと思うな」
「先行くぞ」
「あっ、待てよ」
「いつまでもこんなことしていられないだろ」
「秋穂ちゃん」
 見かねてみなとは言った。
「あんまり四季くんを困らせたら駄目よ」
「……はーい」
 かなり渋々といった様子で秋穂が引き下がる。
 四季たちが家にいる間にみなとはしおりたちに手伝ってもらい、食事の準備を進める。
 五つのテーブルをつなげて一つにした。秋穂に食器を並べてもらい、みなとは特製ウルトラスーパーハイパー(以下略)ケーキを真ん中のテーブルに置く。
 四季たちが着替え終えるとみなとはみんなのカップにミルクティーを注いだ。
 窓側に秋穂と四季と瀬古、店側にしおりとみなとが座る。
「メリークリスマス!」
 みんなで乾杯する。
 正和がタライと称した特大のケーキ皿に通常の十倍以上のサイズの生クリームケーキが鎮座していた。たくさんのイチゴとちょっとした集落と化したチョコレートの家々が飾られている。
 みなととしおりの二人がかりで切り分けた。
「これでも一人一ホールくらいありますね」
 としおり。
「……持ち帰ってもいいですか?」
「美味しいのになあ」
 みなとは自分の分を一口食べて、その甘い味を惜しむ。
 四季が秋穂に絡まれていた。
「ほら、あーん」
 フォークに大きなケーキの塊を挿して、秋穂が四季に差し出す。
「いいよ、自分で食うから」
「つれないこと言わないの。はい、あーん」
「だから嫌だって! おい、にやけた顔はやめろ!」
「もう照れちゃって。そんな四季もかわいいっ」
「……お前ら仲いいな」
 あきれた感じの瀬古に秋穂が応える。
「だって愛し合ってるもーん」
「誤解を招くようなことを言うな!」
「本当のことじゃない」
「黙れこのドアホ!」
「いや、マジでお前ら仲いいよ」
 やや引き気味の瀬古。
 三人を見てしおりが笑っている。
 そんなみんなを、ミルクティーのおかわりのために席を立ったみなとは眺めていた。
 隣にはトナカイ。
 あれ?
 みなとは違和感を覚え、すぐにその原因を知る。
 彼女はトナカイに向き直る。トナカイがみなとを見つめていた。微かな息づかい。
 中に誰かがいるのは明らかだった。瀬古ではない。瀬古は四季たちとケーキを食べている。
 だとしたら……。
「誰?」
 トナカイは答えない。
 でも、なぜか名前が浮かんだ。
 ありえない。
 彼女はそれを否定する。自分がバカな想像をしているのだと情けなくなった。
 正和のはずがない。
 動かないトナカイの頭をみなとは恐る恐る取り外した。
 見慣れた顔が現れる。みなとは言葉を失った。自分が恋しさのあまりおかしくなったのではないかと不安になる。
「ただいま」
 彼が微笑み、その目が線になる。
 ……これは夢?
 それとも幻?
「ごめん、本当は今朝帰国したんだ。しおりたちには一芝居うってもらった」
「えっ、だって、ブリザードは?」
「少し飛行機が遅れたけどそれだけさ」
「嘘つき」
「ごめん、サプライズしたかったんだ」
 みなとは正和に抱き寄せられる。トナカイの身体が彼女を包んだ。
「バカ」
 短く言い、みなともトナカイを抱きしめる。
 カントリーミュージックが切り替わり、アイルランド人シンガーの曲が流れた。
 アイムノットドリーミングオブアホワイトクリスマス。
 正和がささやく。
「メリークリスマス」
 縮こまっていた幸福がまた広がっていく気がした。
 今、誰かに幸せかと問われたらはっきりと「幸せ」と答えられる。
 みなともささやいた。
「メリークリスマス」
 
 
 了。
 
 
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