クリスマスなんて夢見ない
 ひとみの勤めるみつり出版は新風見駅が最寄り駅だ。このアパート「西風館(せいふうかん)」の最寄り駅となる南風見駅から三つ目の駅である。
 さて出かけよう、というときに、ひとみのスマホが鳴った。
 正直、バッドタイミングだ。
 ひとみは画面を確かめて嘆息する。松戸からだった。迷う時間も惜しくて応答する。
「あ、山内さん。おはよう」
「おはようございます」
「メッセージ見たよ。ごめんね、うっかりしてた」
 やはり相手を間違えただけか。
「ちょっとイメージして」
「はい?」
「六面体サイコロを二個振るイメージだよ。つまり2D6」
「えーと」
 どうしよう。急いでるのに。
「店長、もしかして酔ってます?」
「もう朝だよ。いくら僕でも休みの日でもないのに、こんな時間に飲んだりしないよ」
 それって休みの日なら飲んでるってことかな。
「で、サイコロの目はいくつになった?」
「あの、店長」
「何?」
「お店の準備とかしなくていいんですか? 開店時間って八時からですよね」
 仕事があるから切りたい、とは言えなかった。
 それができたらとっくにしている。
「開店準備なら心配ないよ。いつでもウェルカムって状態だからね」
「……まさか寝てないとか」
「寝てるよ。僕を何だと思ってるの?」
 これはさっさと出目を答えたほうがよさそうだ。
「あの、サイコロの目なんですけど」
「うん」
「9です」
 数秒の沈黙。
 ……切りたいな。
 ひとみは軽く頬をふくらませる。こんなときでなければもっと相手をしても構わないが、もうそろそろ本当に電車に乗り遅れそうだ。たとえ松戸の電話であっても、あまり長引くなら考えなくてはいけない。
「店長……」
「山内さん、今夜会えないかな」
「えっ」
「少しでもいいんだ。時間、空けてくれないかな」
 いきなりのお誘い?
 今度はひとみが黙る番だった。
 予定があるかといえば、ない。嘘偽りなくスケジュールは真っ白だ。せいぜいスーパーかコンビニで夕飯のおかずを買う程度だろう。
 松戸の誘いは嬉しい。
 ちょっと変な感じがするけど嬉しい。
 サイコロを振らせた意味がわからないけど嬉しい。
 けど……。
 簡単に応じたら安い女と思われないだろうか。
 軽い女と見られたくない。
 ちょろい女と勘違いされたくない。
 ひとみは言った。
「ごめんなさい、先約があるので」
「そっか、残念」
「すみません」
「いいんだ、かえって悪かったね」
 いえ、悪いのは私です。
 見栄を張りました。
「それじゃ、またお店で。仕事がんばってね」
「はい、店長もお店がんばってください」
「ありがとう。山内さんにそう言われたら、いつもよりがんばれそうな気がするよ」
 じゃあね、と一言残して松戸が通話を切る。
 ひとみはまたもスマホの画面を見つめた。昨夜同様、通話モードのままの状態で松戸の名前と電話番号が表示されている。
 ため息をつき独りごちた。
「だから、食い下がってってば」
 
 
 
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