忘れたかったのに、君に会ったから。
 季節はもう秋。夏の生ぬるい風は、いつの間にか乾いた凍えるような風に変わっていた。

 駅のホームでぼーっと座ってスマホをいじるのが最早習慣になってしまった俺は、今日も電車を待つ数分の間、適当に画面を動かす。

 
 ふと思い出す放課後の会話。

 「なあなあ、好きな奴できた?」

 そんな高校生なら誰しもが話す内容なのに、俺は一人心の中で動揺していた。

 だって、できるはずない。

 俺にはもう好きな人がいるのだから。

 決して届かない、片想いだけれども。

 高校も違う、もう会うこともない存在だけど。

 でも、諦められない。



 ふーっとため息をつく。今更、思い出すなんてな。忘れたと、思ってたんだけど。

 残り少ない充電を気にして、しょうがなく俺はスマホをポケットにしまう。

 アナウンスが聞こえ、もうそろそろだと立ち上がろうとしたその時。


 「あれ?コータ?」


 今、頭の隅にしまおうとしていた、彼女が、俺の好きな本人がそこにいた。


 「お、おう。久しぶり、ミカ」


 だめだ。上手く話せない。

 忘れようとしていた想いが、頭の中を駆け回る。


 「久しぶりだね〜。お、なんか変わったね」


 何が、変わったんだろう。顔?雰囲気?体格?

 普段なら気にすることのない、何気ない一言も俺の心をかき乱す。


 「そ、そうかな?背は、伸びたと思うけど」


 自然に話したい。そう考えるほどに、変になっている気がする。

 せっかく、会えたのに。話せてるのに。

 もう電車が来てしまう。

 中学の時みたいに、時間はすぐ過ぎる。

 
 でも、俺は、何も変わってない。

 変わったね、って言われても、俺は何も変われていない。

 君を、ミカを想ってることも、この弱気な性格も。

 
 「ホントだ!背大きいね。いいな〜」

 「そうかな?あ、ありがと」


 違う。こんなことが言いたいんじゃない。背とか、どうでもいい。

 もう二度会えないかもしれない。だから、言わなきゃ。

 君に会ってしまったのだから。

 忘れようとしていたのに、君に会ってしまったんだから。

 
 「あ、あのさ、ミカ。その…」


 「電車来たね〜。ん?何か言おうとしてた?」


 電車が来てしまった。

 また、時間切れだ。

 結局、俺は何も変わってなかった。

 中学の時から、ずっと。

 
 プシュー、という軽い音がして、ドアが開く。

 
 …言ってやる。もう最後なのだから。

 「あのさ、ミカ。今度…」

 二人で会えないかな。

 一言だけ、ほんの一言が出てこない。

 もう、後悔したくないのに。

 忘れたくないから。だから、言おう。

 
 「今度、またふ」

 「コータ?電車乗ろう?話あるなら中で聞くからさ」

 
 …え?ミカも、同じ電車だったのか?

 
 「ふふっ。…そうだね。乗ろうか」


 何だか、馬鹿みたいだ。確かに、もう会わないかもしれない。だけど、時間はあと少しある。

 俺は、変わった。

 忘れたかったのに、君にあったから。

 だから、言おう。

 後悔なんてしないように。




 軽い音を残して、ドアが閉まる。

 走り去っていく電車と共に、ホームには冷たい風が、また強く吹いた。

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