幼な妻だって一生懸命なんです!
このまま電車移動なのかと思ったら、長瀬さんは改札には行かず、駅前にある百貨店と大型玩具店の間を歩く。

「ここは9月いっぱいで閉店なんだよな」

スタスタと歩いていた歩調を緩め、長瀬さんは建物を見上げていた。
同じように百貨店で働く者として身につまされる思いがあるのだろう。
私が生まれた時からここにあるのが当たり前の地元の百貨店が消えてしまう寂しさは隠せない。
無くなるなんて思いもしなかった。
長瀬さんと一緒に見上げた建物を記憶に残しておこう。

「行こう」

感傷的に見えた長瀬さんの目は、優しい眼差しに変わり、私の手を取る。
一瞬、長瀬さんの手を外そうとすると、そのまま力強く握られた。

「デートだから、こういうのもありだろ」

「やっぱりデートなんですか?」

「なんだと思ってんだ」

デートだからって手を繋ぎ、甘い会話を繰り広げるとは限らない。
私たちの会話はかみ合わないまま、神社を通り抜け、連れてこられたのは市役所の近くのコインパーキング。
府中駅より、府中本町駅に近くなった。
どちらかというと私の家はこちらの駅の方が近い。

「こっちの駅の方が近かったな」

「あ?」

「いえ、なんでもありません」

家の近所で長瀬さんと歩いていることが不思議だった。
誰かに会わないか心配になったけれど、見知った顔には会わず、コインパーキングに着いた。

ピッと遠隔操作で開いたキーは、黒い四駆の大きな車だった。
さらにタイヤが大きくなっていて、車高も少し上がっている。
この辺でも駐車するのに大変そうだから、都内ではさらに不便なくらい大きい。
ピカピカの新車ではない。
私でもこの車種に新型がどういうタイプだか知っている。
長瀬さんの車は何年も前の古い型だ。
不思議と意外な気がしなかった。
きっと彼はこの車が好きで、何年も大切に乗っているんだろう。

「狭いパーキングに、こんな大きな車よく入れましたね」

感心していると「惚れ直したか?」と笑っている。

「惚れ直すも何も、まだ惚れていませんから、直すこともありません」

揚げ足を取ったつもりだったのに、長瀬さんがニヤリと笑う。

「ほー、まだ、って言ったな」

「…」

しまった。
どう答えていいかわからない口は閉じたまま。
その沈黙がおかしくて二人で大笑いした。

揚げ足を取り合う会話は中身がほどんどないのに、それがなんだか楽しいのだ。
まるで長い間、一緒に過ごしているような感覚で心地がいい。
普段、営業用の笑顔以外は、無愛想にしている長瀬さんが嬉しそうに笑っていると、私まで嬉しくなってしまうのだ。
遠くで見ていた彼の印象と違う。
愛想が良くて大人のイメージという、表向きの顔しか見ていなかったのかもしれない。
こうして素顔を見せてくれていることが今はとても嬉しく思う。

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