幼な妻だって一生懸命なんです!
大好物の寒ブリのお刺身に舌鼓を打ちながら、ずっと考えていたことを伝えた。
「長瀬さん、今度は私のオススメのお店に行きませんか?」
「美波のオススメの店?」
日本酒のお猪口を片手に、「おや?」という顔をした。
「今日は気に入らなかったか?」
「いえ、大満足です。いつも大満足なんです。けど、たまには庶民的なお店もと思って」
個室をぐるりと見渡し、続いてテーブルに並べられた豪勢な料理に目を向ける。
「ここは庶民的じゃないのか?」
「えっ?」
庶民的からだいぶかけ離れている。
薄々感じていたが、長瀬さんの価値観は少しずれている。
一般家庭に育った私から見ると、どうも上流家庭の育ちなんじゃないかと思うことがあった。
「このお店は立派な高級日本食店です」
「確かにここの食事は最高にうまいよな」
長瀬さんは松茸の入った土瓶からお猪口に出汁を注ぎ始めた。
松茸の土瓶蒸しという響きは聞いたことがあるけれど、恥ずかしながら、この歳になるまでちゃんと食したことがなかった。
なのでテーブルに出されても、どうやって食べる事が正解かさっぱりわからなかった。
緊張しながらも長瀬さんの見よう見まねで、私も同じようにお猪口に出汁を注ぐと、それを確かめたかのように長瀬さんはお猪口を鼻先に近づけ、ゆっくりと回す。
その香りを楽しみ終わると、すっとお猪口に口をつけた。
私も同じように続く。
上品なお出汁と松茸の香り(だと思う)が鼻腔をくすぐる。
そのままお猪口からお出汁をすすると、今までに味わったことのないくらい上品な風味が口いっぱいに広がった。
「わ、美味しい」
思わず長瀬さんの顔を見る。
「うまいな」
彼の優しい微笑みに胸が熱くなるのがわかる。
「本当に美味しい」と同じ言葉を繰り返し、それを悟られないようにお猪口にもう一度口をつけた。
私の様子を見ながら、長瀬さんは土瓶の蓋を取り、スダチを軽く絞ると土瓶の蓋をまた閉じた。
私も慌てて同じように真似をする。
数秒が過ぎると蓋を開け、ほんのりと薫るスダチとお出汁の香りを楽しむと、お猪口に松茸と鱧を乗せた。私も続いてお猪口を取り皿にして、秋の味覚を口に運ぶ。
「美味しい…」
初めて食べた味は、どれが正解なのかわからないけれど、とにかく鱧は柔らかく、松茸は香りが香ばしい。私が堪能している間に、長瀬さんはまたお出汁を注いでお猪口を口に運んでいた。
「食べて、飲むんですね」
「そう、作法なんて本当は気にしないんだけどな、せっかくだからより美味しく食べられる方がいいだろ」
彼は私の知らないことをこうして教えてくれる。
一緒にいる時間は長くはないのに、多くのことを経験させてくれているのだ。