幼な妻だって一生懸命なんです!
「新婚なのに、悪いな。家でやることがあるだろ?」
店長が気を遣ってくれる言葉に
「セクハラです」
菜々子さんはいう。
「どこがだよ、え?これセクハラになるの?あ、そう思ったら、ごめん」
二人の会話は当事者の私を抜きに変な方向へと話が進んでいる。
十二月半ばになるとそんな冗談も言えないくらい、時間に追われる毎日だった。
その日もお客さんが少ない時間を見計らって、休憩を終え、菜々子さんと交代した。
店の状況を見るとティールームには、小さな男の子を連れたきれいな品のある女性がいるだけ。
注文された飲み物はテーブルに出ていたので、落ち着いている。
様子を見がてらウォーターポットを持ち、お冷やを確認しにテーブルをまわる。
グラスが半分近く減っていので「お冷やはいかがですか?」と尋ねると、「お願い」とキレイな微笑みを返された。
連れていている子供は、チャイルドチェアに腰掛けて、お行儀よくオレンジジュースを飲んでいる。
時折、子供にシフォンケーキを小さくとりわけ、口に運んでいた。
ネイルを施したキレイな手は、フォークを持つだけなのに鮮やかに見える。
「ごゆっくりお召し上がり下さい」
そう言って下がろうとした時、女性の視線が私のネームプレートに止まった。
今朝,貰ったばかりの新しいネームプレートだ。
その視線はそのまま私の顔に移り、どこか探るような目が刺さる。
「長瀬、さん?」
「…はい」
私の名を呼ぶ彼女はどこかでお逢いしたことがあるのだろうか?
記憶をたどってもまったく心当たりがなく、戸惑っていると彼女が答えを出してくれた。
「長瀬室長の奥様かしら?」
「え、あ、はい」
奥様なんて呼ばれ慣れていなく、変に緊張する。
要さんの名前が出るということは彼の知り合いなのだろう。
ひとつにまとめた髪の毛は、後れ毛が色っぽく揺れている。
ファッションも上品にまとまっていて、子供連れなのに、ハイヒールがキレイな足を引き立たせている。
「あ、ごめんなさいね、突然、声なんてかけちゃって。驚くわよね」
クスっと笑う顔がとてもチャーミングだ。
可愛らしいその仕草に見惚れてしまう。
「長瀬室長には良く家へ来て頂いているのよ。主人もすごく彼を気に入っていて」
彼女の話をうまく飲み込めず、あっけにとられていると
「こちらの商品を良く届けてもらっているの」
ああ、そう言うことか。
要さんは経営企画に配属になる前に、外商部にも籍を置いていた。
その時のお客様と引き続き、取引していることがあると言っていた。