幼な妻だって一生懸命なんです!
「長瀬くんの子ども…楽しみだわ」
(えっ?)
さっきまでの笑顔とは一転。目は鋭くなり笑っていない。
口角だけを上げて微笑んでるように見せている。
(怖い)
その顔を見た瞬間に背筋に寒気を感じた。
「あの…どうぞごゆっくり」
少し後ずさりしながら私は逃げるようにテーブルを後にした。
今のはなんだったんだろう?
持っていたトレイを拭きながら考える。
挑発的に見えたのは気のせい?
私、気に障ることを言っただろうか?
話していたことを繰り返し思い出しても、由香さんのご機嫌を損ねるような会話が見当たらない。
しばらく気になりながらも、売店での接客もチラホラ増えて来て、考える時間はなくなっていた。
「戻りましたぁ〜」
しばらくするとお昼休憩から菜々子さんが帰って来た。
あ、要さんと由香さんが同期なら菜々子さんも知り合いかな?
休憩バッヂを外した菜々子さんが、身支度を整えて店先に戻って来る。
私の隣に並んで仕事開始。
「美波ちゃん、休憩ありがとう」
「お疲れさまです。菜々子さん」
「ん?」
「一ノ瀬様ってご存知ですか?」
「一ノ瀬?」
「はい、要さんと同期とおっしゃっていました」
そう言いながら、ティルームを覗いたけれど、一ノ瀬様がお帰りになってすでに二十分は過ぎていた。
「一ノ瀬、一ノ瀬…女?男?」
「女性です。キレイな方で、三つの男の子を連れていました」
「ん〜、誰だろ」
最初は本当に心当たりが無いようだった。
数秒後、何か思い出したように「あっ!」と私の顔を見た。
「一ノ瀬って…一ノ瀬由香?」
「あ〜、そうです。一ノ瀬由香様です。やっぱりご存知なんですね。お得意様だということもあって、お召し物もなんか素敵で上品な感じでしたよ」
由香さんを思い出しながら菜々子さんに伝える。
「美波ちゃん、なんで話しかけられたの?」
「私のネームプレートを見て長瀬って書いてあったから、要さんと繋がったみたいです。要さんのお客様だっておっしゃっていて、ついお話しちゃいました」
「そ。で、何か言われた?」
「特には…ただ」
言おうか言うまいか考えたけれど、由香さんがどんな人か少し気になって言うことにした。
「『長瀬くんの子ども…楽しみだわ』って言われたんですけど…その言い方がすごく気になったと言うか…」
「えっ?」
菜々子さんの顔が少し引きつっている。
「あ、でも私の気のせいかもしれません。何か失礼なこと言っちゃったとか」
思い過ごしかと思って、そう付け加える。
「失礼なことなんて思い当たらないんでしょ?」
「はい…たぶん」
「わかった」
菜々子さんは短く返事をして、そのまま黙ってしまった。
様子が少し変だったけれど、そのうち接客が慌ただしくなり、話はそれで終わった。