幼な妻だって一生懸命なんです!
「それは、僕のわがままから始まって。僕と里子さんは昔馴染みで、それで…僕の初恋の人なんだ」
少し恥ずかしそうに、でも私に対してなのか申し訳なさそうに社長は話し出した。
「僕は里子さんと結婚したかった。里子さんとずっと一緒にいたかった。しかし若かった僕はね、家の事情に刃向かうことができなくて、里子さんとの結婚が叶わなかった。僕が里子さんから去ったんだ。その時の罪悪感と悲しみは今でも心に黒いシミを作っていてね。いつも心の中に里子さんという存在があった。ずっと。里子さんと行った京都の紅茶店で彼女の嬉しそうな顔が今でも忘れられなくてね、家の言いなりに結婚した僕は、自己満足と言われてもその紅茶店を再現したかったんだ。高山百貨店に」
「あっ、」
「そうだよ、それが美波ちゃんの職場」
「あの店に私は小学生の頃、初めて祖母に連れてきてもらいました」
「駄目元でね、里子さんに店のオープンの知らせを送ったんだ」
「祖母の居場所はずっとわかっていたんですか?」
「昔馴染みって言っただろ?里子さんは葉子とも昔は仲が良くてね」
葉子さんとは、社長の妹で要さんのお母様。つまり私の義母だ。
「葉子が定期的に連絡を取っていたんだ」
「おばあちゃまとお義母様が?」
結婚が決まって親族の顔合わせの時、要さん方は私のことをなんの躊躇いもなく受け入れてくれた。それはこういうことがあったからなのだろうか?
「でもそれがどうして私との結婚につながるんですか?」
「笑わないでくれる?」
社長はフーッと息を吐いた。
「笑いません」
「里子さんから去ったのは自分からだったのに、忘れらなかった。もちろん当時は家庭も大事にしていたつもりだったんだ。しかし親のいいなりに結婚した二人、つまり樹の母親ともうまくいかなくなってね、僕に忘れられない人がいたように彼女にも思い人がいたんだ。それで僕たちは離れて暮らすことにした。でも、美波ちゃん、誤解はしないでほしい。僕が離婚したからって里子さんの暮らしを壊そうとか、そういうことは一切思ってなかったんだよ。ただ幸せに暮らしている里子さんを遠くで見守っていたかった。そんな思いでいたある日、里子さんが娘さんやお孫さんを連れてSweet Time Teaに来てくれたんだ。初めて来てくれた時は嬉しかったな」
社長は空を仰ぎ、思い出に浸るように言葉を切る。
「それからも彼女は定期的に、お孫さんを連れてきてくれるようになった」
「それが私ですね」
「そう、美波ちゃん、キミだよ」
「僕は店には会いには行ってないが、里子さんが来た時に、店のものが教えてくれたんだ」
「ちょっとしたストーカーですね」
社長に向かってなんという言葉遣いだと思うけれど、今回だけは許されそうだ。
「人聞きが悪な、報告が上がってくるって言ってよ」
笑いながら社長が返してくれるので、私の発言は許されているのだろう。
「そのうち、そのお孫さんが成長して一人でも店に来るようになったと知った。たまたまその子を見たことがあって僕は驚いたんだ」
その時のことを思い出しているのだろうか?
私の顔をじっと見ながら
「若い頃の里子さんにそっくりだった」