全ては君の思うまま
「痛い目、なんか合わないですよ」

目の前がいきなり真っ暗になったと思ったら、鷹野に抱きしめられていた。彼の柔らかな香水が鼻腔をくすぐる。

人に抱きしめられるのなんて本当に何年ぶりだろ。拒否するより、なぜか安堵してしまったのは、山口寧々32歳の最大の不覚。

「俺のこと、好きになって下さい」


少し震えた声が頭の上から降ってきたとき、私の理性がよみがえってきた。
鷹野、本気なの?本当に私のこと好きなの?


「鷹野、離しなさい」


私の声に、少ししてから彼が従った。

「俺、寧々さんのこと惚れさせますから」

コホンと咳払いして、目をそらしてしまう。
これでは完全に鷹野にのまれてしまっている。歳上なのに、経験値不足が否めない。

「本当は家まで送りたいところですけど、今日は駅で我慢しときます」

ちょっと拗ねた顔が、いつもの鷹野の顔つきに変わる。こんなかわいい顔もするのか、とこいつの魅力が無限であることを知る。
一度心を掻き乱されると、なかったことにするのは難しいものだ。
駅まであと少しの距離を、このオトコは紳士のまま送ってくれた。私の気持ちが好きかどうかは置いといて。



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