空白


『記憶が所々、なくなったようです。』

精神的なものと、物理的なもの、どちらにも原因があるとかんがえられます。
と、医者は言った。
もっと何か色々と説明していたが、難しいので考える事を放棄した。
もしかしたら私は面倒くさがりで、少し雑な性格なのかもしれない。



私が目が覚めた時に話しかけてくれていた男の人がナースコールを押し、看護師や医者を呼んだようで、そう説明された。



そう言われてみたら、
この目覚めた時からいる男が誰だか、
私が誰だか、
確かによくわからない。
頭の中にモヤがかかっているような、気だるさ、重さがある。


でも、実感がなさすぎる。

うさぎのぬいぐるみはうさぎのぬいぐるみだと分かる。
6+4=10だという事もわかる。
白衣の人が医者だという事もわかる。
信号が赤なら横断できない事もわかる。


世の中の秩序、名称はわかるのにどうしても誰一人として人の名前や顔が思い出せない。

「お前の名前は、野々原緒花(ののはら おばな)だ。」

「そして、僕の名前は東 千尋(アズマ チヒロ)だ。」

推定25歳。細身でスーツ姿。黒髪で華奢。
少し無愛想な彼が教えてくれた私の名前、彼の名前。


そして



「僕は探偵。お前は助手だよ。ポンコツ」



探偵と助手、というあまり身近ではないパワーワードを伝られ

「んぇ?」

素っ頓狂な返事をしてしまった。
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