ダイエットはまた今度
 次の日の深夜。。
 スマホの明かりを頼りにあたしは暗い廊下を歩く。薄緑色の上下対のパジャマでもそんなに寒くないのがありがたい。
 努めて音を立てぬよう注意する。家の中は怖いくらいに静かだ。息を潜めているのにその息遣いさえも聞かれてしまいそうである。
 ぐぅ。
 自身から発する音に足を止める。
 やめて。
 鳴らないで。
 ゆっくりと、でも確実に、目的の場所に歩を進める。
 低いコンプレッサーの音が暗闇の中にその存在感を主張していた。
 あたしはそれに近づく。
 限界だった。
 もはや禁断症状に似た焦燥があたしを突き動かしていた。あれの位置はわかっている。数に余裕があるのも把握していた。
 そもそもあれをここに保管したのはあたしなのだ。
 間違いはない。
 算段あるうちの真ん中のドアを開ける。内側からの光が思いの外明るい。冷気が奥から流れ、寒気を覚える。だが、こうやって冷やし続けてくれなければ中の物がみんなダメになってしまう。
 内からの冷蔵音がさらに大きくなった。
 あたしはスマホをパジャマのポケットにしまい、右手でドアを押さえながら目的の物を手にする。
 片手で十分に持てるサイズのそれは……。
 パチ。
 一瞬でキッチンが天井の証明に照らされた。あたしははっとして後ろを振り向く。
 あたし以外の全員がキッチンの入り口でこちらを見つめていた。みんなパジャマ姿だ。夏姉なんかは「ほら、言わんこっちゃない」とでも言いたげににらんでいる。
 あたしの手には一昨日スーパーから買ってきたプリン。
「あ、いや、えーと」
「「「「……」」」」
「ち、違うの。これは……そう、ちょっと見に来ただけで……」
 みんなの声が重なった。
「「「「はい、アウト!」」」」
「えぇーっ?」
 かくして、始める前にあたしのダイエットは終わりを告げた。
 うん。
 ダイエットはまた今度にしよう。
 
 了。
 
 
 
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