夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
短編:契約期間中のふたり
 シャワーを浴びている最中、外で物音が聞こえたような気がしていた。
 時間を考えれば、春臣さんが帰ってきたのだと思うのが妥当だろう。

(先に帰っていいって言ってくれるのは、春臣さんなりの気遣い?)

 シャワーのお湯を止め、湯船に入るかどうか考えて結局入る。
 社長秘書である私は春臣さんと形だけの結婚をした。
 そういう事情があるにもかかわらず、私たちの間はおおむね良好。むしろとてもいいとまで言っていいかもしれない。

 ちゃぷんと浸かったお湯が音を立て、水面に波紋を広げていく。
 足を思い切り伸ばしてもまだ余りのある広い湯舟。けれど、春臣さんの入浴時間はかなり短い方である。

 あの人には癒しというものが足りないのではないか――。
 結婚し、同じ家で寝食を共にするようになってからよく思うようになった。

(……一応妻なんだから、なにかしてあげたいけど)

 困ったことに、あの人がなにを望んでいるのかいまいちわかっていない。
 好きな食べ物もよくわからず、趣味もはっきりしない私の夫。隠しているつもりなど、彼には毛頭ないだろう。でも、尋ねたところで答えてくれるかはかなり怪しい。

 たぶん、そういう『好き』というものがあの人にはあまりない。
 だからそういったもので癒されている姿を見ないし、私も心配になってしまうのだ。

 湯舟から上がり、軽くシャワーで身体を洗い流す。
 そんなに長風呂をしたつもりはないけれど、肌は熱いままだった。
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