夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 手を伸ばして、午前のうちに漬け込んでいた鶏肉を袋から出す。
 お酒と醤油とにんにくと。少し黒コショウをきかせて油で焼けば、おかずはもちろんおつまみにもなる。

 簡単に作れるのよ、と教えてくれたのは母だった。実家が小料理屋だとこういうときにありがたい。他にも両親直伝のレシピは無限にあった。
 春臣さんはそんな私の料理を気に入ってくれている。それが嬉しくて、ついついおかずを作りすぎる――なんてことも少なくはない。

 そして今、春臣さんはちょっと怖いぐらい真面目に私を観察している。
 こうなる前に本人は「料理をしているところが見たい」と言っていた。私の趣味だからというのが理由だろうけれど、こうして見られていると落ち着かない。

「あの……」

 黙ったまま、というのがまた気になっておそるおそる振り返る。
 春臣さんは表情を変えることなく目を細めた。

「どうした?」
「いつまで見ているのかなって……」
「見ていても構わないと言っただろう」
「たしかに言いましたけど……」

(そこまでまじまじ見られるとは思っていなかったんです……!)

 と、言ってしまおうか悩んで、飲み込んだ。
 たぶん、春臣さんに言ったところで「なにが悪いんだ?」という顔をされるのがオチである。
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