夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
今の行為をなんと言えばいいのかわからない。
てっきり自分で食べるのかと思っていた春臣さんがあーんをしてくれたことに驚いた、と言うとややこしい気がする。
たぶん、この人は「自分で食べただろう」と返してくるからだ。
私の言葉を待ってくれている春臣さんを見つめ、唐突に考えるのをやめる。
「私もあーんってしてほしいです」
「“も”……? よくわからないが、失敗しても怒るなよ」
突然すぎる提案にも春臣さんは表情を変えることなく応えてくれる。
やっぱり掴みどころのない人だと思った。でも、そこがまた私のツボを突いている。
春臣さんがさっきの私と同じように鶏肉を箸でつまんだ。
そしてそれを口に近付けてくる。
「ん」
お願いすれば応えてくれるのだから、いい旦那様だなあとしみじみ思う。
いきなり結婚を申し出てくるなんてとんでもない人だと思った過去が懐かしい。
(いつか「あーん」って言ってもらおう)
私がそんなことを考えているとも知らず、春臣さんがおかずを食べさせてくれる。
他人にそんなことをした経験がないからか、食べさせ方に不安が残るのは気にしないことにする。
「ん、おいしくできましたね」
「いつもと変わらない」
「それはありがとうございます」
春臣さんが菜箸をキッチン台に置く。
そしてなぜか、そのまま私を挟んで手をついた。
背中がとん、と台に押し付けられる。
「……? なんですか?」
「いや」
背の高い春臣さんが身を屈める。
どうしてそうなったのかわからないまま、唇を啄まれた。
「ご馳走様」
キスは一瞬で、しかも一回だけだった。
し終えた後の言葉の意味だって、いまいち理解できない。
なのに私は春臣さんのそのたった一回のキスで、自分の顔が信じられないほど熱くなるのを感じたのだった。