夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~

「奈子のことを考えたら、いつもたまらなくなる。側にいるときなら、すぐ触れるんだが」
「ふたりのときならいいですけど、人前では……遠慮してください」
「海理を追い出せと言ったのに、聞かなかったのはお前だ」

 春臣さんの手が私の髪に触れた。
 さっき進さんの前でもされたように後頭部を引き寄せられる。
 ただ、キスはされなかった。ごく近い距離まで顔を寄せて、あろうことか春臣さんはくすりと笑ったのだ。

「やっぱりかわいい」

 子供のように言ったかと思うと、心の奥底で期待していたキスが唇に落ちた。
 春臣さんは私の向きを反転させ、わざわざ向き合わせてから抱き締めてくる。
 肩に重みが乗った。春臣さんが体重をかけてきている。

「好きだな」

 しみじみと、噛み締めるように囁かれる。
 どきりとしたのも束の間、ふっと身体にかかる重さが増した。
 次いで、規則正しい寝息が聞こえてくる。

(……酔いすぎです)

 心の中で文句だけは言っておくけれど、突然眠ってくれてよかったと思う。
 そうでなければ、きっと真っ赤になっている顔を見られたに違いない。
 帰ってくるまで感じていた不安は杞憂に過ぎなかった。まず、どうして自分がそんな不安を抱いていたのかさえ、もう思い出せない。

「……せめて、私の答えを聞いてから眠ってくれてもよかったのに」

 そう呟いて、春臣さんを抱き締める。
 この状況は嬉しいけれど、どうやってベッドに運ぶかという課題が残っていた――。
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