夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
「――奈子」
その声を聞いた瞬間、泣きたいくらいほっとした。
咄嗟に春臣さんを見て、目が合う。
視線が重なったのはほんの一瞬だったのに、春臣さんの感情の変化がはっきり見て取れた。
驚き、後悔、それから怒り。
見つめ合ったのは一秒にも満たないのに、わかってしまう。
「失礼ですが、私の“妻”になにかご用でも?」
ことさら“妻”を強調して春臣さんが男性に言う。
へ、と声がして男性の手が離れた。
「つ、ま……?」
「ええ。妻に秘書を任せているもので」
静かな声だったけれど、明らかに怒気を含んでいる。
男性からすれば、地獄から響くような声に聞こえたことだろう。
「あ、あー……そうなんですねー……。いや、お綺麗な奥さんで……」
「なんの、ご用ですか」
「い、いえ、ちょっとお話を……。あっ、よ、用事がありますので、また」
逃げるように立ち去った男性を、春臣さんは当然追いかけなかった。
代わりに私を見下ろし、持っていたグラスをふたつとも取り上げる。
「帰る」
「えっ」
春臣さんがグラスを側のウェイターに渡す。
そして、さっき男性に掴まれたのと同じ場所を掴んだ。
「春臣さん」
私が止めるのも聞かず、足早に会場を出ようとする。
そろそろ終わりに近付いているとはいえ、これは一企業の開く懇親会だ。気分で勝手に抜けていいものではない。
「春臣さん」
もう一度名前を呼んだけれど聞いてくれない。
そのまま、会場の外まで連れ出されてしまった。
その声を聞いた瞬間、泣きたいくらいほっとした。
咄嗟に春臣さんを見て、目が合う。
視線が重なったのはほんの一瞬だったのに、春臣さんの感情の変化がはっきり見て取れた。
驚き、後悔、それから怒り。
見つめ合ったのは一秒にも満たないのに、わかってしまう。
「失礼ですが、私の“妻”になにかご用でも?」
ことさら“妻”を強調して春臣さんが男性に言う。
へ、と声がして男性の手が離れた。
「つ、ま……?」
「ええ。妻に秘書を任せているもので」
静かな声だったけれど、明らかに怒気を含んでいる。
男性からすれば、地獄から響くような声に聞こえたことだろう。
「あ、あー……そうなんですねー……。いや、お綺麗な奥さんで……」
「なんの、ご用ですか」
「い、いえ、ちょっとお話を……。あっ、よ、用事がありますので、また」
逃げるように立ち去った男性を、春臣さんは当然追いかけなかった。
代わりに私を見下ろし、持っていたグラスをふたつとも取り上げる。
「帰る」
「えっ」
春臣さんがグラスを側のウェイターに渡す。
そして、さっき男性に掴まれたのと同じ場所を掴んだ。
「春臣さん」
私が止めるのも聞かず、足早に会場を出ようとする。
そろそろ終わりに近付いているとはいえ、これは一企業の開く懇親会だ。気分で勝手に抜けていいものではない。
「春臣さん」
もう一度名前を呼んだけれど聞いてくれない。
そのまま、会場の外まで連れ出されてしまった。