夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 帰る頃には部長も元に戻っていた。
 こちらが申し訳なくなるほど平謝りされ、タクシー代までもらってしまう。
 せっかくの厚意に甘え、タクシーで帰ることにした。

(出会いとか、そういう話は微塵もなかったな……)

 きっと一部の同僚はそんな話も期待していたに違いない。

(ああ、でもあの人のことは話になるかも……)

 イヤリングを拾ってくれた愛想のいい男性。
 もし、私が好意的な反応を見せていたらどうなっていたのだろう。
 考えても分からないのと、もう一人に意識が逸れたせいで答えは出なかった。
 ひどく寒々しくて、硬い印象の人。
 もう一人を華やかで煌びやかな宝石とするなら、あの人は鈍く光る鉄に違いない。
 目が合っているようで私自身を見ていなかったあの瞳が妙に気になっていた。
 違う次元に生きているのだと思い知らされたようにも感じる。

(本社の人かな。……そうっぽいけど)

 軽快なやり取りは二人の付き合いの長さを思わせた。
 あれを仕事中にもやっているのなら、さぞ賑やかなオフィスになることだろう。

(せっかくならもうちょっと話しておけばよかった。初対面の男性に慣れるいい練習になったかもしれないのに……)

 そう思っていた時、不意にカバンの中でスマホが震えた。

(こんな時間に……?)

 訝しみながら画面を確認すると、実家にいる母の名前が映し出されている。

「――もしもし? お母さん?」
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