夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 緊張しないと言えば嘘になる。
 だからと言って、私が引くのもおかしな気がした。
 こちらへ顔を向けることすらしない夫をまっすぐ見据え、喉がカラカラになるのを感じながら口を開く。

「契約とはいえ、私たちは夫婦になるんですよね」
「ああ」

 この人の答えはいつも淡々としていた。
 考える時間を使うのが惜しいのか、それとも最初から答えを決めているのか。そんな錯覚に陥るほど。
 自分本意に結婚を決めて、私を生贄に仕立て上げたひどい人。
 それでもこの人は、私の夫だった。

「だったら、もっとあなたのことを教えてほしいです」

 つい先日までは雲の上の人だった夫に言う。
 切れ長の目がゆっくりと細められるだけで、妙に落ち着かなくなった。

「別にそんなことをしなくても夫婦の真似ぐらいできるだろう」
「……私には難しいです」

(恋愛すらまともにしてこなかったから)

 一歩、自分で足を進めたのに鼓動が速度を増す。

「契約でも夫婦は夫婦だと思います。だから私はちゃんとあなたに向き合って、あなたという人を知りたいんです」
「なるほど」

 ようやく夫が私を見てくれる。
 いつの間にか私はもうベッドの前に立っていた。
 もう一歩近付けば手が届く。
 その距離を先に詰めたのは、驚いたことに彼の方だった。

「――っ!」

 何の前触れもなく手首を掴まれ、強く引っ張られる。
 ぎょっとしたのも束の間、一瞬、身体が浮いた。
 何事かと思うよりも先にどさりと音がする。
 背中には柔らかいベッドどシーツの感触。そして私の視界は天井を映していた。

(……え、どうして)

 押し倒されている――。
 それが分からないほど、鈍いつもりはない。

「あ、の」
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