夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 秘書になれれば、その給料を回してなんとか返済していくつもりだった。

「そういう事情なら協力する。……と言えば安心か?」
「……本当にいいんですか、こんな形で結婚相手を決めて」
「しつこいな。お前の話でもあるのに」

 どうするか、もちろん悩む。
 結婚は好きな相手と、幸せを望んでするものだと思っていた。
 例え私にそんな機会がなくても、である。

(だけど……これを呑めば借金の問題は解決する)

 漠然とした夢を抱いた所で、私が結婚するような未来は訪れない。
 だとしたら、ここで頷いてしまうのもない選択ではなかった。

(どうしよう)

 家族のために非現実的な要求を呑むか。
 自分のために現実へ逃げるか――。
 私が頭を抱えている間、驚いたことに倉内さんは待っていてくれた。
 ただ強引で理不尽なだけの人ではないらしいと判断して、ついに心を決める。

「……分かりました。あなたの妻になります」
「そうか」

 既に必要事項が記された届を改めて突きつけられる。

(本当の本当に……だよね)

 気を抜けば震えそうになる手でペンを握り、自分の名前を記入する。
 やはりこの人は倉内春臣本人らしい。意外なほど繊細な字で名前が書いてあった。

「結婚するにあたって、何か私に質問などはありますか?」
「……そうだな」

 倉内さんはほとんど表情を変えずに考え込む。
 そこまでして結婚したがる理由の方が気になるけれど、この感じではまともな説明など返ってこないに違いない。
 その必要がある、だけで説明したつもりなのが恐ろしいところだった。
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