夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
(なんだろう。今をときめく会社の社長が、こんなよく分からない女と急いで結婚しなきゃいけない理由って)

 私に声をかけた時点で、少なくとも結婚を申し出るような恋人はいないだろう。

(この人なら別に私じゃなくても受け入れられそうだけど)

 もっといい相手にすればいいのにと思いつつ、そんなチャンスが自分に転がりこんできたことをありがたく思う気持ちもある。
 五千万を安いと言うような人なら、実家の借金は何も心配いらなくなる。

「ああ、そうだ」
「何でしょう」
「恋人、あるいは婚約者はいるのか?」
「……それ、今聞きます? いたら婚姻届けなんて書きませんよ」
「だったらいい。後で面倒が起きても困るからな」
「借金返済の協力をしていただく以上、私も極力あなたを困らせないように努めるつもりです」
「その言葉を忘れないでくれ。結婚するにあたって、問題が起きそうな相手と何度か接してもらうことになる」
「それは……どういった意味で、でしょう」

 どんな相手の名前が出るかとハラハラする。
 すっかり受け入れる流れになっているけれど、もしかしたら今からでも断るべきかもしれない。

「俺の祖父だ。それと、先日お前も話した海理だな」

 明るくて口の達者な男性を思い出す。
 社長の倉内さんが口に出す海理――と言えば一人しか思いつかない。
 クロスタイル副社長、進海理。
 ようやく名前と顔が一致する。
 でも祖父というのは分からない。

「失礼ですが、お祖父様のことを伺っても?」
「今回の結婚の元凶だ」

 淡々とした口調に苦いものが混ざっている。
 困っているけれど、嫌いなわけではない――。
 そんな心情が感じられた。

「俺の祖父は倉内時治(くらうちときはる)と言う」
「……それって」

 どうして今まで気付かなかったのか、その方が不思議だった。
 私の衝撃に気付いたらしく、倉内さんが自嘲気味に口元を緩める。

「たった一代で日本中に倉内の名を知らしめた――倉内財閥の会長だな」
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