夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 どぎまぎしながら『妻らしく』それに答えた。

「むしろ私の方が自分でいいのか不安に思っているぐらいです」

 時治さんの前では名前で呼ぶよう言われていた。
 その方がより夫婦らしいからという理由で。

「いやいや、袖川さん――いや、もう奈子さんだね。奈子さんみたいな女性に不満なんてあるはずない。そうだろ、春臣」
「ああ」

 別に険悪なわけではなさそうだけど、倉内さんは必要以上の言葉を口に出さない。
 夫婦らしくしてもらいたいなら、まず本人がなんとかするべきだろうとこっそり思う。

「それで……出会いなんかは聞いちゃってもいいのかね?」

 にこにこしながら時治さんに尋ねられる。
 どうやら本格的に軽いノリの人らしい。

「仕事の関係で出会ったんです。私がクロスタイルの子会社で事務をやっていて……」
「ほうほう」
「……本当に偶然の出会いでしたよね、春臣さん」

 好奇心に満ちた眼差しから逃げるように、倉内さんへ話を振る。

(私にばかり任せないでください)

 そんな思いを込めて。
 通じたのかはともかく、倉内さんが続きを引き継いでくれる。

「そうだな。それで……まあ、結婚することになった」
「そうなるに至った流れを知りたいんだがねぇ」
「別に話すほどのことじゃない」
「お。祖父ちゃんには秘密ってわけかい」
「そういうわけじゃ――」
「同棲してから結婚したのかい。それとも、結婚後?」

 その質問にぎょっとしたのは、表情に出ていないけれど倉内さんも同じはずだった。
 私たちは婚姻届を提出して正式に夫婦となったけれど、いまだに住んでいる家は別々である。
< 29 / 169 >

この作品をシェア

pagetop