夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 倉内さんの方が結婚の事実だけでいいと同棲を拒んだからだ。

「お祝いに何か送ろうな。家電……じゃありきたりか、何がいいかね」
「もう揃ってるからいい」
「だったら揃ってないもんを送り付けてやる」

 冗談めかして言ったかと思うと、次の瞬間、時治さんがキラリと目を光らせた。

「まさかとは思うが、『アレ』のために一時的な結婚をしてるってぇわけじゃねえだろうな」
(……『アレ』?)
「よく聞くじゃないか。契約結婚ってやつだ」
「……違う」

 倉内さんの返答がさっきまでより遅れる。
 ふ、と時治さんが笑ったのを見て、不意に恐ろしさを感じた。

(時治さんは、私たちの結婚がどういうものか分かってるんじゃないの?)

 『アレ』がなんなのかは分からない。でも、結婚を急ぐ理由があったのは間違いない。
 それが時治さんも知るもので、時治さんに関係があるものだとしたら――。

「もういいだろう」

 倉内さんが立ち上がる。

「今日はこいつを見せに来ただけだ。どうでもいい話をしに来たわけじゃない」
「自分の妻にこいつなんて言っちゃいけねえよ」

 時治さんはそんな倉内さんを止めなかった。
 お暇するタイミングだと察し、私も倉内さんにならう。

「今日はありがとうございました。春臣さん、この後はまたお仕事でしたよね」
「……ああ」
「おお、奥さんが秘書ってのはこういう時にありがたいな。羨ましいよ、春臣」

 倉内さんは特に返さず、さっさと部屋を出て行こうとする。
 すぐに追いかけるのもどうかんと感じて、時治さんに改めて頭を下げた。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。これから何卒よろしくお願いいたします」
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