夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
「いいんだいいんだ、気にしなくて。……悪いのは春臣だろ?」
「いえ、そんな……」
「困ったことがあったらいつでもおいで」
「はい。ありがとうございます」

 送り出され、私も部屋を出る。
 廊下の先を歩いていた倉内さんに追いつくと、ちらりと見下ろされた。

「するか、同棲」
「えっ」
「祖父さんに気付かれるからな」
「……勘の鋭そうな方でしたね」
「『鋭そう』じゃなく『鋭い』だな」

 なんとなくそんな予感はあった。
 時治さんはいい人だろう。
 でも、やはりたった一代で大財閥を築き上げた人間は見ているものが違う。
 好意的な感情を抱くと同時に恐ろしいと思ってしまったのは、そういう一般人と違うものを察してしまったからかもしれない。

(……ああ、そうだ。さっきの……)

「時治さんの言っていた『アレ』ってなんですか? 結婚しなければならなくなった理由なんですよね」

 以前は適当に流されたそれを聞くなら、今しかないと思った。
 倉内さんは立ち止まって声を潜める。

「うちの会社で新規事業を立ち上げようとしていた。祖父さんの援助を受けて。その条件が俺の結婚でな」
「……どうして結婚が条件になるんです?」
「こっちが聞きたい」

(まあ……分からなくはない、かも)

 接した時間は短かったけれど、時治さんが倉内さんをかわいがっているのは伝わってきた。
 結婚してほしい、幸せになってほしい、と以前から思っていたのではないだろうか。
 けれど相手はこの倉内さんである。
 見た目も地位も最上級だけど、どう考えても結婚に向いていない。というより、聞かなくても本人にまったく興味がないのが分かる。
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