夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
・これが新婚生活ですか?
 そして――初夜に戻る。

「っ……」

 びくりと身体が跳ねた。
 倉内さんが変な場所を触ろうとしたせいだ。

(なんでこんなことに……)

 時治さんの目をごまかすために、同棲を決めた。
 こうなったら結婚式もしておいた方がいいだろうと、身内だけを招いた神前式を行った。
 そこまでは分かる。分かるのだけれど――。

(ぞわぞわする)

 不快感ではない。
 指の感触を意識する度、お腹の奥に妙な疼きともどかしさが生まれる。
 私にとってそれは落ち着かないものだった。
 逃げ出したくてたまらなくなる。

「くら、うちさん……」

 自分の呼吸がこんなに乱れていたなんて知らず、肩で息をしながら名前を呼ぶ。
 倉内さんが顔を上げて、それからゆるゆる首を横に振った。

「やめるか」
「え……」

 あまりにも呆気なく引かれる。
 倉内さんは私から離れてベッドの端に向かうと、二人の間に枕を置いた。

「いじめている気分になる」
「ごめんなさい……」
「別に責めているわけじゃない。お前も無理なら無理で早く言え」

 言った、と思う。
 そう言いたかったのは飲み込んだ。

「人前では俺に怯えるなよ。夫婦らしくないからな」
「……はい」

 自分がきっと間違ったのだろうということは分かっていた。
 妻なら夫の欲求に応えるのが普通だろう。
 たとえここに自分たち以外の人間がいないとしても。

「次はちゃんと……します」
「いい」

 素っ気ない言い方だった。
 心臓を針で刺されたような痛みが走る。

「でも……」
「どちらにせよ、最後までできると思っていなかった」
「そう、なんですか」
「そこまで全力で怖がられると萎える」
「こ、怖がってません」
「震えていたくせに」

 怖かったのは倉内さんではなく、与えられる優しさの方だった。
 どうせお飾りの妻なら、それこそ道具のように扱ってくれればいい。
 それなら心は痛んでも、こういうものだと受け入れることができただろう。
 けれど、この人は優しくしてくれると言った。
 私を見つめながら、溺れるほど甘い声で。

(他の人だったら絶対勘違いする……)
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