夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 時治さんの前でも、夫婦を演じるために名前を呼んだ。
 あの時とは違う気持ちが胸を満たしていく。

(手を繋いでいるせい? ……さっきされたことのせい?)

 春臣さんは本当にただ手を繋いだだけだった。
 あんなに熱っぽく私を見つめていたくせに、もうどんな感情も向けてこない。
 かといって、手を繋いでくれている辺り、何も思っていないわけではないようだ。

(途中でやめてくれると思わなかったな。結構優しい人なんだろうか)

 ふる、と自分の首を振って目を閉じる。

「……おやすみなさい」
「ああ」

 さっき春臣さんにキスされたあちこちがくすぐったい。
 きゅっと握った手に力は入っていなかった。
 離れないように指を絡めてみると、向こうも少しだけ同じようにしてくれる。
 たったそれだけのことでまた胸がいっぱいになった。

(変なの……)

 もっと手のひらをくっつけてみたかった。
 線を作らずに寄り添って眠ってみたかった。
 今まで誰にも感じたことのない何かに戸惑い、私の眠気を遠ざける。

(……一年終わるまでに、どこまでこの人と近付けるだろう)

 出会って間もないのにそうしたいと思うのは、これまで出会ってきたどの人よりも心の内が読めない人だから。
 握ってくれる手の温かさが存外心地良いからでは、きっとない――。
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