夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 そうして私と春臣さんの偽物の夫婦生活が始まった。
 最初こそぎこちなかったものの、一週間後には遠慮するのをやめた。

「おはようございます」
「おはよう」

 朝、起きた春臣さんの朝食を作るのは私の仕事にした。
 なぜなら、彼は放っておけば朝食を抜こうとするからである。

「相変わらず……朝から豪勢だな」
「春臣さんがいつも質素すぎたんです」

 用意したのは典型的な一汁三菜。
 同じ時間に出社すると言っても、このぐらいは充分こなせる。

「それに、言いましたよね。うちが小料理屋をやっているって」
「ああ」
「私もよく手伝っていたんです。だからむしろ、料理をさせてもらえる方が落ち着きます」
「……家政婦でも雇いたがるのかと思っていた」
「二人暮らしなのに家政婦なんて必要ありません」

 テーブルについた春臣さんの前に炊き立てのご飯をよそう。
 私がここまで言えるようになったのは、やはり春臣さんのせいだった。

(どうも感覚が庶民とかけ離れてるんだよね……)

 食事を外で済ませようとするのは、そもそも自分で作るという概念がないかららしい。
 自分で掃除洗濯ができるかも怪しい。週に一度雇っているというハウスキーパーにすべて任せていたと本人は言った。
 一応は夫婦になったのに、これでは私がこの家にいる意味が全くない。
 まず、家事全般は私が受け持つことにした。妻になっただけで本人は納得しているようだけど、さすがにそれで五千万を引き受けてもらうのは気が引ける。
 この家を眠るだけの拠点にするのも抵抗があった。そういった事情からいろいろ提案した結果、ようやく私の思う一般的な妻というものになれた気がしている。

「いただきます」

 私も春臣さんの前に座って手を合わせる。
 自分の朝食をとりながら、そっと夫を盗み見た。

(……玉子焼き、好きなのかな)

 毎朝作る玉子焼きは母直伝の自信作である。
 それを春臣さんがいつも最初に食べると気付いたのはつい先日のこと。
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