夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
「そうかもしれませんが……」

 春臣さんは私が会話やその他のことで詰めようとする距離を、物理的に飛び越えようとしてくる。
 確かにこれは夫婦だけの距離の縮め方かもしれないし、家でしかできないやり方だろう。
 でも、残念ながら私にはそれをまともに受け入れるだけの余裕がない。

(いつまでこうしていればいいんだろう……?)

「嫌か?」
「えっ」

 覗き込むようにして顔を見られ、ついうつむいてしまう。

「……どうしてそんなことを聞くんですか」
「目を合わせないからだな」
「それは……」

 顔を上げてしまい、自分の失敗を思い知る。
 春臣さんと目が合ってしまった。
 そのまま見つめ合ってしまい、この状況をより強く意識する。

「あの……お仕事、遅れちゃいませんか?」
「まだ大丈夫だ」
「……そう、ですか」

 ただ抱き締め合うだけ。
 そんな触れ合いを春臣さんは黙ったまま続ける。
 しばらくして私の肩に顎を乗せてきた。
 すり寄られたことに驚いて服を掴んでしまう。

(私がいつまでもちゃんと慣れないからいけないのかな)

 夫がいる生活にも、一緒に過ごす生活にも慣れたような気はしていた。
 普通に話せて、普通に接するだけでは足りないのだろう。
 だから春臣さんはもう一段階上の触れ合いをしてくるに違いない。

(夜は手を繋ぐだけなのに)

 少しずつ、私の生活に春臣さんが入ってくる。
 馴染んで、浸透して、それが当たり前になっていくのが不思議だった。
 この触れ合いだって、慣れないながらもほっとする。
 誰かが自分を求めている。
 その事実を思い知らされるからかもしれない。
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