夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
「抱き合うのにはストレス軽減の効果があるらしいな」
「そうなんですか?」
「夫婦としての練習もかねて積極的にやっていこうと思うんだが、いいな?」
「その言い方だと拒否権がないように聞こえます」

 どちらにせよ、拒むつもりはあまりなかった。

(どうして春臣さんは平気なんだろう)

 また鼓動が速くなる。
 今まで男性を避けてきた自分がいきなりここまで近付くことになったから、こんな風になってしまうのかもしれない。

(いちいちドキドキしないぐらい、男の人に慣れておけばよかった)

 髪を撫でてくれる手が気持ちいい。
 と思っていたら、その手が私の頬をなぞって顎を持ち上げてきた。

「このぐらいにしておくか」
「ああ、はい」

 離れようとする前に、春臣さんの顔が近付く。

「――っ」

 咄嗟に目をつぶった私の額に優しい感触がひとつ。

「あ、あの」

 制止も聞かず、春臣さんは頬にもキスをしてきた。
 抱き締められた時よりも硬直してしまう。

「夫婦は行ってらっしゃいのキスをするものなんじゃないのか」

 間近で囁かれ、耐えられずにその肩を押しのける。

「……まだ行く時間じゃないです」

 なるべく冷静に言ったつもりだったけれど、頭の中は真っ白だった。

(く、口にされなかっただけよかった……)

 あまり変に意識していると思われたくなくて背を向ける。

「夕飯はお鍋にしようと思うんです。お好きですか?」
「あまり食べたことがない」
「じゃあ、口に合うといいですね」

 動揺を隠せず早口になるのを感じながら、食器を片付け始めた。
 カチャカチャと皿洗いをする後ろで、春臣さんが支度をする気配を感じる。
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