夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
「……てっきり、あれこれ聞かれるんだと思っていた」
「だって私にできることはないんですよね。だったら、してほしいことが思いつくまで待つべきかと思ったんです」
「そういうものなのか」
「……私にどうしてほしかったんですか?」

 純粋な疑問だった。
 けれど、春臣さんは首を横に振るだけで済ませてしまう。

「契約が難航している会社がある。向こうの社長が面倒くさい」
「はい」
「……本当に、心の底から疲れる」

 春臣さんにしては珍しく早口だった。とりあえず事実だけ伝えておこうとでも言うかのような。

「――と思ったら、なんとなく抱き締めたくなった」

 一度離れたのに、また抱き締められる。

「ストレス軽減の話は本当らしいな。……落ち着く」
「……そう、ですか」

 どきどきと自分の胸が高鳴っているのが分かる。

(ああ、もう)

 騒ぐ胸を抑えて、努めて冷静に話す。

「他の場所じゃなくてよかったです」
「……何が?」
「外だったら他の人だったかもって。それはちょっとよろしくないと思うんです」
「お前は何を言っているんだ」

 顎を掴まれて持ち上げられる。
 必然的に春臣さんを見つめる形になった。

「お前以外にこんな真似をするはずがないだろう」

 いろんな感情が私の中に渦巻いて突き抜けていく。
 最後に残ったのは『嬉しい』という気持ちだった。

「それは……ありがとうございます」

 顔を見ていられなくて、背中を向ける。

(そういう言い方ってずるいと思う)

 また春臣さんが後ろから抱き締めてきた。
 くっついてくる、という方が近いかもしれない。

(特別扱いされてるみたいで嬉しくなるから、もう言わないでほしい……)

 たったこれだけのことでドキドキして、私からも抱き締め返したくなる。

(私がうっかり好きになっちゃったらどうするんだろう?)

 何事もなかった振りをしながら再び食器を洗い始める。
 癒しを求める春臣さんに抱き締められながら――。
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