夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
「すごいですよね。男性と話すのは苦手なんですが、進さんは……割と話しやすいです」
「……ああいう方がいいのか?」
「え?」

 質問の意味が分からず聞き返す。

「それはどういう意味でしょう……?」
「あのぐらい気安い方が夫婦を演じやすいのかと思ったんだが」
「……あんまり考えたことがないです。今のままでも大丈夫ですよ」
「そうか」
「もしあんな風に接してほしいって言ったら、どうするんですか?」

 春臣さんは私を見つめたまま沈黙する。
 自分で聞いてきたくせに、現状を否定されることは想定していなかったらしい。

「向いていないとは思っているので、無理しないでくださいね」
「俺が海理を真似するより、お前がそれらしくした方が早い」

 そう言われて頷く。
 まったくもってその通りだった。

「頑張ります」
「今、やってみるか?」
「え?」
「お前の方から夫婦らしいことをしてみろ」

(無茶振り……)

 春臣さんは私をじっと見つめたまま動かない。

「……仕事中ですよ?」
「一段落ついている。会議までまだ時間があるしな」

 そう答えてから、春臣さんは軽く首を傾げた。

「そんなに時間がかかるようなことをするつもりなのか?」
「そういうわけじゃないです、けど……」

 家ではない場所で、練習でもないのに『夫婦』をやる必要があるのか。
 そんな疑問は浮かんだけれど、やらずに逃げるのは難しそうだった。

(夫婦っぽいことって、やっぱり抱き締めるとか?)

 自分の考えにどきりとしながら、そろりと手を伸ばしてみた。
 春臣さんの背中に腕を回そうとしたのに、肝心の本人がぎょっと下がってしまう。
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