夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 その間、春臣さんは黙ってついてきてくれた。

「すみません、はしゃいでしまって」
「楽しそうだな」
「はい!」
「よかった」

 ふ、と春臣さんの頬が緩む。
 その笑みにどきりと胸が高鳴った。

(この人、こんなに柔らかい表情の人だっけ)

 今の春臣さんと最初に出会っていれば、冷たくて怖そうな人だと思わないに違いない。

「気に入った服はあったのか?」
「そうですね。着たい服はいくつかありました」
「なら、持ってこい。買ってくる」
「えっ、悪いです。そんなの」
「悪いも何もないだろう。夫相手に」

 また心臓が大きく跳ねた。
 春臣さんは衝撃を受けた私の背中を押し、服を持ってくるよう促す。

(夫って言っても、今だけなのに。……ここまでしてくれるんだ)

 遠慮したい気持ちは強かった。
 これは契約結婚であって、本物ではない。
 だったら高い買い物をねだるべきではないのだから。
 同時に、心のどこかでは『夫婦らしく』したいという気持ちがあった。
 いつか別れが来るのなら、今だけでも――。

「じゃあ……これが欲しいです」

 誘惑に負けて一着だけワンピースを手に取る。

「それだけか?」
「はい」
「……遠慮してるだろ」
「買っていただく理由がありません」
「俺が買ってやりたい。他に理由が必要か?」

(どうして?)

 嬉しいけれど、同時に泣きたくなる。

(嬉しいって思わせないでほしい……)

 最終的に春臣さんはそのワンピースを買ってくれた。
 自分で持って帰ると言ったのに、わざわざ郵送の手配までしてくれる。
 店を出た後、改めてお礼を言った。

「ありがとうございました。大事にしますね」
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