夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 私の分とは、と聞く前に春臣さんが別のカップを取った。
 対になるような、同じモノトーン。春臣さんが黒ベースなのに対し、こちらはクリーム色をしている。

「買ってくる」
「あ……はい」

 二つ購入する理由を聞きそびれてしまう。
 後で聞こうと思いながら、先に店の外へ出た。
 やっぱり郵送させたらしく、春臣さんは何も持たずに私のもとへやって来る。

「春臣さんのだけ選ぶんだと思ってました。私の分もだったんですね」
「いらなかったか?」
「いえ」

(ちょっと嬉しいと思ったの。……お揃いみたいだったから)

 つきんと胸が痛んで顔をしかめる。
 こんな痛みを感じたことは今までに一度もなかった。

(……何?)

 刺されたような感覚はすぐに消えていく。
 最初から何もなかったかのように。

「別れる時にあのカップだけいただいてもいいですか?」

 痛みから目を逸らそうとしたのに、自分で言った言葉にまた顔をしかめてしまった。

(分かってたつもりだけど、いつか別れるんだよね……)

 しみじみ噛み締めていると、春臣さんが私を見下ろしてくる。

「……お前の好きにすればいい」

 低い声に感情は乗っていなかった。
 さっきまでは確かにあった穏やかな空気が霧散する。

「ありがとう……ございます」

 戸惑いながら返した言葉に返事はない。

 それからはどうも会話がうまくできなかった。
 春臣さんが相槌を打つばかりで、自分から話そうとしなくなったからかもしれない。
 そのせいで夕食のレストランでもいまいち盛り上がらず、せっかくの料理の味も印象に残らなくなってしまった。
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