夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 まさか春臣さんの家に帰るわけにもいかず、久し振りに自分の家へ帰った。

(こんなに狭かったっけ)

 いくつかの私物はまだ残っている。
 春臣さんのもとへ送ったのは服が何着かと必要なものだけだったからだ。
 ほんの少し前まではここで生活していたのに、今はそれがひどく遠い昔に感じられる。

(あれでよかったのかな……)

 自分の選択が正しかったのか、頭が冷えた今になっても答えが出ない。
 最後まで原因を追究して犯人を追い求めるべきだったのか。
 自分の潔白を自分自身で証明するために動くべきだったのか。
 けれど、私はそんなドラマの主人公のようにはなれない。

(ごめんなさい……)

 好きな人に迷惑をかけてしまった。
 自分が悪いんじゃないと思う反面、私がいなければこうはなっていなかったとも思う。
 自己嫌悪に陥っていた時、携帯が鳴った。

「……はい、もしもし」

 ディスプレイを見た私は知っている。
 この電話の相手が誰なのかを。

「なーちゃん? お母さんだけど」
「……うん」
「どうかした? なんだか暗いけど……」
「……ちょっと、いろいろあって」

 話したくても話せない。
 自分の感情をどう扱えばいいか分からなくて、今は無性に誰かを――抱き締めたい。
 そうすればこの胸に凝る何かを解消できる気がした。

「…………おばさんからお魚届いたんだけど食べる? って聞こうと思ったけど……。……一回、うちに帰ってきたら?」

 母は何も聞かない。
 でも、私の異変を察してはいるようだった。

「……うん、そうする」

 職も失い、好きな人も失った。
 たった一人の家で寂しく腐るぐらいなら、実家で自分と向き合った方がいい。
 そんな私に、母は最後まで何も聞いてこなかった。
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